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INPS JAPAN   IDN-InDepthNews - UN INSIDER
|イラク|子ども達は実験用マウスだったのか

One among an unusually high number of children in Basra fighting leukaemia. Credit: Karlos Zurutuza/IPS.

【ファルージャIPS=カルロス・ズルツザ】

 

イラクのファルージャの病院では先天性欠損症を伴って出生した赤ん坊の数を記録した統計は存在しない――あまりにも事例が多い上に、両親がこのことを話したがらないのである。「先天性欠損症を伴って生まれた子供の家族は、新生児が死亡すると誰にもこのことを打ち明けることなく埋葬するのです。そうした子供が生まれたことは家族にとってあまりにも恥ずかしく出来事と捉えられているのです。」と病院のスポークスマンであるナディム・アル・ハディディ氏は語った。

「私たちは今年の1月にファルージャで先天性欠損症を伴って生まれた子供の出生例として672件を数えましたが、実際には、もっと多くの出生事例がったと思います。」と、ハディディ氏は、プロジェクターで脳が欠損していたり目がない子ども、或いは腸が体から飛び出た状態で出生した子供の写真を映しだしながら語った。

またハディディ氏は、手足が欠損した状態で出生した幼児の冷凍保存遺体の写真を示しながら、「こうした子供を出生した両親の反応は、通常、恥ずかしさと罪の意識が複雑に交錯したものです。両親は、子どもがこうして生まれたのは自分になにか原因があるのではないかと考えるのです。コミュニティーの長老たちが、これは『神の与えたもうた罰だ』と言ってみても、こうした両親たちには何の慰めにもなっていないのです。」と語った。

中東地域の危機を乗り越えるために(池田大作創価学会インタナショナル会長)

IPS コラム=池田大作

 

今、イランの核開発問題をめぐって、中東地域で緊張が高まっている。その状況を前に私の胸に迫ってくるのは、核時代の下で世界が直面する課題について「ゴルディウスの結び目は剣で一刀両断に断ち切られる代わりに辛抱強く指でほどかれなければならない」との警鐘を鳴らした歴史家トインビー博士の言葉である。

緊張が武力紛争に転化することへの懸念も叫ばれる中、関係国を含めて政治指導者が、今こそ「自制する勇気」をもって、事態打開に向けて互いに歩み寄ることを強く望むものである。

軍事力などのハードパワーを行使して、根本的に解決できる問題など何もない。一時的に脅威を抑えつけることができたとしても、それ以上に大きな憎しみや怒りを生み出す禍根を残すだけだ。

緊張が高まると、相手を強い調子で威嚇したり、激しい非難の応酬が行われることは、残念ながら国際政治の常となってきた。

核の「あいまい政策」で一致するイスラエルとイラン

【エルサレムIPS=ピエール・クロシェンドラー】

 

「この春、はたしてイスラエルは、イランの核施設を攻撃するだろうか?」これが今、国際社会を賑わせている問題である。一方、中東非核兵器地帯を創設しようとする壮大なプロジェクトは、イランの核開発問題に対する解決法が「見つかってから」の非実際的な課題という位置にまで追いやられてしまっている。

奇妙なことに、イスラエルの世論はこの問題に明確な意見を示しておらず、「もっとも事情をよく知る」人々に解決を委ねてしまっている。エフード・バラク国防相のように「もっとも事情をよく知る」人々は、「制裁でイランの核開発計画を止めることができなければ、行動を起こすことを考える必要があるだろう。」と主張している。先週バラク国防相は、「(イランへの対処を)『あとで』などと言っている人は、もう手遅れであることを知ることになるだろう。」と警告した。

│中東│形を変える検閲

 

【カイロIPS=シンバ・シャニ・カマリア・ルソー】

 

中東・北アフリカ諸国では、民主化蜂起の最中に当局側が情報の封じ込めを図り、多数のジャーナリストが殺害、暴行、逮捕された。

「国境なき記者団」のソアジグ・ドレ氏は、「『アラブの春』の初期の時点で、情報を統制することが各国政府当局の主要な課題となっていました。政府は、携帯やインターネット通信網を遮断したり、内外のジャーナリストを襲わせて、民衆蜂起に対する治安当局による弾圧に関する報道を完全に封じ込めようとしたのです。」と語った。

2012年国連中東会議に向けた準備会合がアンマンで開催

 

【エルサレムIPS=ジリアン・ケストラーダムール】

 

国連が目標としている中東非大量破壊兵器地帯の創設に向けた基礎固めを行うため、65の国や機関の代表が、ヨルダンの首都アンマンに集まった。

「(アンマン)会議では、11の専門分科会において協議が進められました。中でも特に重要なのが、『中東非大量破壊兵器地帯の設置における国連機関の役割』、『(同地帯設置に伴う)安全保障上の意味合い』、『核燃料サイクル構築の見通し』、『中東における核セキュリティー』です。」と主催団体の一つArab Institute for Security Studies ACSIS:本部アンマン)のアイマン・カリル所長は語った。

大多数のイスラエル人は核兵器のない中東を支持

【ワシントンIPS=ミッチェル・プリトニク】

 

イスラエルのユダヤ人の大多数は、たとえそのために自国の核兵器を放棄するということになっても、核兵器のない中東を支持するだろう。

これは、イスラエルのユダヤ系とパレスチナ系市民を対象に別々に実施した世論調査から明らかになった、最も驚くべき結果である。

12月1日にブルッキングス研究所から発表されたこの世論調査は、メリーランド大学のシブリー・テルハミ教授が11月に実施したもので、質問内容は、「アラブの春」から、米国に対する認識やイスラエル‐パレスチナ紛争の今後への希望など多岐にわたっている。

これによると、ユダヤ系イスラエル人の90%が、「イランは核兵器を開発すると思う」と回答した。もし選択肢が2つしかない(イスラエルとイラン双方が核武装か、核放棄か)ならばどちらを選択するかとの問いに対して、63%が「双方とも核兵器を保有しない方が望ましい」と回答した一方で、「双方が核武装したほうがよい」と回答したのは僅か19%だった。

国連の査察機関、2003年以前のイラン核兵器研究について詳述する

The Tehran Research Reactor where uranium enriched to 20 percent is used to produce medical isotopes. Credit: Jim Lobe/IPS

【ワシントンIPS=バーバラ・スラヴィン】

 

イランの核開発疑惑に関する最新の国際原子力機関(IAEA)報告書は、2003以前にイランが核兵器製造に関する幅広い研究を行っていたとする有力な証拠を提供している。しかしその後どの程度作業が継続されたかについては明確に示していない。

IAEA
は11月8日、10以上の加盟国やイランの核開発事業に関与したことがある外国人科学者から提供された情報を含む「幅広い独立情報源」を引用しながら、「イランは、1990年代末から2003年まで、『核起爆装置の開発に関する』様々な活動を行っていた。」と述べた。

人権問題との闘いは「まるで地雷原」(AIイラン問題担当エリーゼ・アウアーバック氏インタビュー)

Elise Auerbach, Iran country specialist for Amnesty International USA Credit: Colin Trenbeath/Single Arrow Productions

【国連IPS=クリスチャン・パペッシュ】

 

10月18日、国連人権委員会が、イランの人権状況を検討するための会合を開いた。一方、国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル(AI)」は、イラン政府が現在及び過去に於ける人権侵害(青少年に対する死刑適用、少数派宗教、民族、同性愛者に対する差別や逮捕等)を認めない限り、これは茶番劇となりかねないと警告している。

|トルコ│前に進むことができない国境の町のシリア難民

 

【イスタンブールINPS=ジェイ・カッサノ】

 

4ヶ月前、世界のメディアは、シリアのバシャール・アサド政権の圧制を嫌ってシリアの人々がトルコ南部に逃げ惑う様子を熱心に報じた。しかし、現在、トルコ国内外でシリア難民の窮状は忘れ去られてしまったかのようである。

6月にシリア軍が国境の町ジスル・アル-シュグール(Jisr al-Shughour)を制圧すると、推定1万人のシリア人がトルコのハタイ県に逃げ込んだ。トルコ政府は、6月以降にも9000人が流入したとみている。しかし、その多くは一時的に滞在しただけで、現在帰国している。10月11日に出され13日に更新された報道発表で、トルコの災害危機管理監は、現在ハタイ県にいるシリア難民は7580人だとしている。

|イラク|女性の人身取引が増加

Al-Battaween, the red light street in Baghdad. Credit: Rebecca Murray/IPS

【バグダッドIPS=レベッカ・ミュレー】

 

公務員たちにレイプされたとき、ラニアは16才だった。サダム・フセインがシーア派居住地域であるイラク南部に対する弾圧を進めていた1991年のことだった。「私の兄弟が死刑宣告されていて、彼らを救うための方法が私の体を捧げることだったのです」とラニアは語った。

「家族を恥にさらした」という評判に耐えられなくなったラニアはバグダッドに逃れ、赤線地帯で働き始めた。

軍事占領と宗派間抗争により国家機能が崩壊し、貧困から家族、近隣同士の絆が引き裂かれたイラクでは、売春と人身売買が伝染病のごとく広がりをみせている。イラクでは2003年(米軍を主体とした有志連合軍によるイラク進攻)以来、10万人以上の市民が殺害され、推定440万人のイラク人が難民となったとみられている。