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INPS JAPAN   IDN-InDepthNews - UN INSIDER
相馬雪香さんに学ぶ「心の力」(石田尊昭尾崎行雄記念財団事務局長)

Yukika Sohma/ Ozaki Yukio Memorial FoundationIDN東京=石田尊昭】

憲政の父・尾崎行雄が74歳の時の言葉――「人生の本舞台は常に将来に在り」。

何歳になっても「昨日までは予備門で、今日以後が本領を発揮する時である」という、とても前向きで力強い言葉です。

尾崎行雄は95歳で亡くなりましたが、その前年に「初落選」するまで、実に60年以上にわたり衆議院議員を務め、文字通り「生涯現役」を貫きました。

「できることから始める」相馬雪香さんの信念と生き方(石田尊昭尾崎行雄記念財団事務局長)

Takaaki Ishida/ Ozaki Yukio Memorial Foundation【IDN東京=石田尊昭】

尾崎行雄の三女・相馬雪香さんと出会ったのは、1996年。

日本のNGOの先駆けとなった「難民を助ける会」の創設者であり会長、そして尾崎行雄記念財団では副会長(会長は時の衆議院議長)として指揮を執り、メンバーの精神的支柱でもあった相馬さんは、私にとって「雲の上の人」でした。

|日本|核兵器禁止条約加盟を求める圧力が高まる

Photo (left to right): Michiko Kodama, Assistant Secretary General of Nihon Hidankyo (Japan Confederation of A- & H- Bomb Sufferers' Organizations); Akira Kawasaki, Executive Committee Member, Peace Boat and an international steering committee member of ICAN; Terumi Tanaka, co-chairperson of Nihon Hidankyo (Japan Confederation of A- & H- Bomb Sufferers' Organizations); Haruko Moritaki, co-director of Hiroshima Alliance of Nuclear Weapons Abolition (HANWA). Credit: Katsuhiro Asagiri | IDN-INPS【東京IDN=浅霧勝浩】

日本政府は核兵器禁止条約(核禁条約)に署名・批准するよう求める国内からの圧力にさらされている。核禁条約は1945年8月に広島と長崎に投下された史上初の原爆を生きのびた被害者(ヒバクシャ)にもたらされた「容認しがたい苦しみ」に留意している。

昨年7月、国連加盟国のうち122カ国・地域が、正式には「核兵器の開発、実験、製造、備蓄、移譲、使用及び威嚇としての使用の禁止ならびにその廃絶に関する条約 (TPNW)」として知られる核禁条約を賛成多数で採択した。

核兵器禁止条約への広範な支持を構築する努力

Photo: Dr. Daisaku Ikeda. Credit: Seikyo Shimbun.【ベルリン/東京IDN=ラメシュ・ジャウラ】

国際社会が核兵器のない世界に向けて道を切り開こうとする中、2020年核不拡散条約(NPT)運用検討会議第2回準備委員会会合(4月)と核軍縮に関する国連ハイレベル会合(5月)が今後の焦点となる。

核兵器禁止条約が2017年7月に採択されて以来、「これらは、核保有国や核依存国も交えての初の討議の場となるものです。」と著名な仏教哲学者である池田大作氏は述べている。池田氏は、世界192カ国・地域に1200万人の会員を擁する創価学会インタナショナルの創立者・会長である。

憲政の父・尾崎行雄に学ぶ「国会議員の資格十カ条」(石田尊昭尾崎行雄記念財団事務局長)

Takaaki Ishida/ Ozaki Yukio Memorial Foundation【IDN東京=石田尊昭】

昨年10月の解散・総選挙から今日にいたるまで、野党の「迷走」が止まらない。

民進党時代、安保法制に先陣を切って反対していた某議員は、同法に肯定的な希望の党に嬉々として移り当選を果たした。しかし、選挙期間中からその後にかけて、希望の党が失速するやいなや、再び安保法制には反対だと言い出した。

ICAN事務局長、日本に袋小路からの出口を示す

Photo: Hiroshima Peace Memorial Park (Credit: Wikimedia Commons) close to the main building of Hiroshima Peace Memorial Museum, which ICAN Chief Beatrice Fihn visited, and wrote in the Museum's guestbook: ". . . Hiroshima is a city of hope, and ICAN will work with you to see the end of nuclear weapons."【東京IDN=浅霧勝浩】

「全ての国が、とりわけ日本が、核兵器禁止条約(核禁条約)に参加することを望みます。ノーモア・ヒバクシャ。」1月12日から長崎原爆資料館で始まった企画展のオープニングイベントに参加した「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のベアトリス・フィン事務局長は、企画展のメッセージボードにこうつづった。

この企画展は、「核兵器の使用が人道上破壊的な結果をもたらすことへの関心を高め、核禁条約の制定に向け革新的な努力を尽くした。」として12月10日にオスロで行われたICANのノーベル平和賞受賞を記念したものだった。

「尾崎行雄と相馬雪香」を未来に繋ぐ(石田尊昭尾崎行雄記念財団事務局長)

Takaaki Ishida/ Ozaki Yukio Memorial Foundation【IDN東京=石田尊昭】

最近、10代の皆さんに「尾崎行雄と選挙、民主主義」をテーマにお話しさせて頂く機会が増えてきました。

8月には東京都立園芸高校・愛知県立安城農林高校の皆さん、9月には早稲田大学のゼミ生の皆さん、10月には国会見学に来た都内小学校の皆さん、11月には三重県伊勢市の小中学校の皆さん―。

原爆投下を生き延びて(和田征子日本原水爆被害者団体協議会事務次長)

Masako Wada delivering her speech at the Vatican Conference on Nov 11, 2017 Photo credit: Katsuhiro Asagiri | IDN-INPS ローマ教皇庁が主催した「核兵器なき世界と統合的な軍縮」への展望を巡る初の国際シンポジウム(11月10日-11日)における被爆者の証言(映像はこちらへ)。

【バチカンIDN-INPS=和田征子】

私は生後22か月の時、長崎で被爆した和田征子と申します。爆心地から2.9kmに自宅で被爆しましたが、山に囲まれた長崎の地形のおかげで生き延びることができました。

「私たちの証言を聞き、私たちの警告を心に留めなさい。」(サーロー節子、反核活動家)

Photo: Setsuko Thurlow delivering her Nobel Peace Prize acceptance speech. /Norwegian Nobel Committee.サーロー節子さんは、1945年の広島原爆を生き延びたカナダ在住の核軍縮活動家で、2017年ノーベル平和賞を受賞した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)の「顔」として広島での被爆体験を語ってきた人物である。12月10日に行われたノーベル平和賞授賞式でサーローさんは、ベアトリス・フィン事務局長とともにICANを代表して賞を受け取った。以下はサーローさんのノーベル平和賞受諾演説の抜粋である。

【オスロIDN=サーロー節子】

この賞をベアトリスと共に、ICAN運動にかかわる類い希なるすべての人たちを代表して受け取ることは大変な光栄です。皆さん一人一人が、核兵器の時代を終わらせることは可能であるし、私たちはそれを成し遂げるのだという大いなる希望を与えてくれます。私は、広島と長崎の原爆投下から奇跡的に生き延びた被爆者の一人としてお話をします。私たち被爆者は、70年以上にわたり、核兵器の完全廃絶のために努力をしてきました。

咢堂香風の「尾崎行雄生誕祭」(石田尊昭尾崎行雄記念財団事務局長)

Statue of Yukio Ozaki/ Ozaki Yukio Memorial FoundationIDN東京=石田尊昭】

咢堂・尾崎行雄を25回連続当選に導き、60年以上も国会に送り続けた伊勢の有権者。

その伊勢には、咢堂精神の普及に努めるNPO法人「咢堂香風(がくどうこうふう)」があります。