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INPS JAPAN   IDN-InDepthNews - UN INSIDER

過去の残虐行為の歴史を政治利用してはならない(トーマス・ハマーベルグ)

 

【ストラスブールIDN=トーマス・ハマーベルグ】

 

凄惨な人権侵害の歴史は、今日においても、欧州の国際関係に暗い影を投げかけている。いくつかの事例については、人々が歴史に正面から向き合うことで、その教訓を理解し相互に寛容の心と信頼の絆を育む動きが生れてきている。一方で、あまりにも深刻な残虐行為の中には、そうした事件そのものが否定・矮小化され、その結果、新たな緊張と対立の火種となっているものもある。

また中には、過去の人権侵害の事例を狂信的な愛国主義のプロパガンダに利用することで、人々の分断と憎悪を駆り立てている事例もある。事実、歴史の歪曲は、人種差別、ユダヤ人迫害、外国人排斥などの行為を正当化する手段として様々な社会において用いられてきた。

 
人々の心の中には、自国の歴史に誇りを見出したいという衝動が備わっているものだ。しかしそうした感情は反面、他民族や外国による過去の過ちに焦点をあてようとする傾向を伴うものである。こうした排他的な感情は、社会が危機に直面した際や、国家のアイデンティティが不透明で将来への不安が増幅した状況において、ますます顕著になる。


従って歴史と正面から向き合うことが重要である。ましてや残虐行為や著しい人権侵害が関与する場合はなおさらである。過去の犯罪行為から目を背けても決して問題の解決にはならない。たとえ過去の犯罪行為に蓋をし、数世代に亘って無視し続けたとしても、被害側に繋がる人々の反感は醸成されつづけ、結果的に事件発生当時生れていなかった世代にも憎しみの連鎖を引き継ぐことになってしまうからである。


かつて宗主国として植民地支配を行った欧州の国々は、アジア、アフリカ、ラテンアメリカの国々が、当時無慈悲に行われた住民や天然資源の簒奪の結果、どのような被害を被ったかについて、現実を直視することを長年に亘って躊躇してきた。こうした国々は、2001年に開催された
国連反人種主義・差別撤廃世界会議(ダーバン会議)に際して、歴史的事実(植民地支配や奴隷制の問題)に言及しようとする成果文書の原案に強硬に反対した。その結果、成果文書は妥協的なものとなってしまい、当然ながら様々な批判を呼び起こすこととなった。
 

 
一方、
ナチスの犯罪、特にユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)については、実際に虐殺が行われていた時期、否定・矮小化されるか無視された。しかし戦後になって、この人道に対する犯罪は全ての良心の呵責を持つ人々の間で事実として受け入れざるを得ないものとなり、後に国際社会をして大量殺戮「ジェノサイド」の概念と将来おける同様の犯罪を防止し罰する国際条約を採択することにつながった。


ナチスの犯罪

戦後ドイツは、一貫してナチスの犯罪を究明し、生き残った犠牲者への補償や犯罪人の処罰を行う努力をしてきた。また将来を担う世代に対しては、父祖の名の下に行われた恐ろしい犯罪行為について教育を行ってきた。こうした取り組みは全て必要不可欠なものであり、これ以下の取り組みは受け入れられない。

一方、ユダヤ人虐殺が行われた(ドイツ以外の)国々の中には、ナチスに協力した過去について積極的に明らかにしようとしない国々もある。また
ロマ(ジプシー)の大量虐殺については十分な注意が払われていないばかりか、犠牲者への補償は大幅に遅れているか、なされても最小限に止まっているのが現状である。さらに同性愛者の殺害や身体障害者を対象とした人体実験や殺害については、依然として事実から目をそむける傾向さえある。
 

 
また
ヨシフ・スターリンのソ連時代の犯罪についても、アレクサンダー・ソルジェニーツィンの作品をはじめ、ミハイル・ゴルバチョフ政権下でのグラスノスチ(情報公開政策)、アンドレイ・サハロフと人権団体「メモリアル」の活動等を通じて、様々な真実が明らかにされてきた。それでもスターリン時代の圧政と弾圧の全貌については、今なお、必ずしも全てのロシア人が認識しているわけではない。新たに始まった学校における歴史教育見直し作業の中で、この問題について対応していく必要がある。


ソ連軍の役割

近年欧州の一部の国々で第二次世界大戦中のソ連軍の役割について歴史を再検証する動きが出ているが、ロシアでは歓迎されていない。それはロシアの人々が、こうした歴史観が「大祖国戦争」(ロシアでの「独ソ戦」「ナチスとの戦い」の呼称)で払った膨大な犠牲を考慮していないばかりか、欧州を「解放」したソ連軍の姿を、残虐さにおいてヒトラーの軍隊と同等にみていると感じているからである。この点について、教育交流を通じで明らかになったことは、当時の歴史を振り返る場合、独裁者スターリンの政策とナチスから祖国を守るために戦った兵士や民間人は区別して考える必要性があるということである。

欧州でさらに深刻な論争となってきたのが、1915年にオスマン帝国下で行われたとされる
アルメニア人の強制移住、大量虐殺の問題である。この事件は現在のトルコ建国前の出来事であるが、同国では依然としてタブー視されており、この問題をとりあげた作家やジャーナリストが裁判にかけられる事例もでてきている。現在、依然不十分かつ学術的な議論のレベルではあるが、この問題がようやく認識されつつある段階である。


ロマ問題

また欧州において歴史を通じて無視され続けてきた民族がロマである。ロマ民族に関しては、ナチスによる犯罪が概ね無視されているのみならず、ナチス時代前後においても、ロマに対する残虐な抑圧・差別政策が欧州の各地で行われた事実についてあまり知らされていない。ロマに対する公式謝罪も未だにほとんど行われていないのが現状である。

バルカン半島においては、民族ごとに異なる歴史観(中には数百年遡るものもある)が、90年代に熾烈を極めた内戦の根底にあり、国際社会による平和維持活動にも大きな障害となった。内戦中、新たな残虐行為が繰り広げられたがその規模と実態については今なお論争が続いている。
旧ユーゴスラヴィア各地の人権擁護団体が、歴史の歪曲が将来における新たな対立の火種とならないよう和解委員会を通じた和解プロセスを進めるよう求めている。


バルカン半島
のみならず世界各地の紛争地域において、複数の歴史観が併存している現実を見出すことができるだろう。それぞれの歴史観は事実に基づくものであるが、視点と強調している側面が異なるのである。同じコミュニティーに属する多民族間で、多様な歴史観が併存している現実を理解するとともに、たとえ歴史的な出来事について共通認識を持てた場合でも歴史観が異なりうるという現実を受け入れることが重要である。

こうした対立するグループ間の相互理解と和解を推進する試みが
北アイルランドで始まっている。これはカトリックとプロテスタント両派の対話を通じて、相手側の歴史観に対する理解を相互に促進していこうとするものである。こうした共通の歴史を再構築していこうとするプロセスの中で、過去の殺人事件に関する不十分な捜査案件について再審理の道を開いてきた欧州人権裁判所は、重要な役割を果たしている。


ギリシャでは1974年の
軍事政権退陣後、政府の責任を問う裁判が開かれた。また軍事独裁政権を経験したスペインやポルトガルにおいても、裁判を通じて軍事独裁時代の秘密警察の活動を明らかにしようとする試みがなされてきた。スターリンの下で共産党一党独裁時代を経験した東欧諸国においては、ラストレーション(Lustration:共産党政権下で人権侵害に協力した人物を公職から追放する措置)と呼ばれるプロセスを通じて共産党時代の人権侵害を明らかにする試みがなされている。


紛争後の状況下においては、法の支配を確立するためにも、人権侵害の実態を明らかにする作業が不可欠である。またそれは特に紛争直後において、事件の責任者に法の裁を受けさせ、被害者への補償を行い、犯罪の再発防止に取り組む上で極めて重要なプロセスである。


視点

また長期的な観点からも真実を明らかにすることが重要である。殺害されたのは単なる数ではなく人間なのである。生存者のみならず犠牲者の子供や孫には、尊厳を持って真実を知り犠牲者の死を悼む権利がある。また社会全体として、事件の真相から教訓を学びとるとともに、記録を取り続け、博物館や記念碑を設立し、次世代の人々が適切な教育を通じて事件を理解できるよう取り組まなければならない。

欧州評議会
は、インタラクティブな教材の提供や二国間協力を通じて、多様な視点から歴史観を育む教授法のノウハウを長年にわたり蓄積してきた。例えば20世紀の主な出来事と欧州史を教えるための教材開発や女性史の研究はそうした取り組みの一部である。また現在は、歴史の諸相を教える観点から、あえて「異なる視点」に着目した歴史教育教材の開発を進めている。

また欧州評議会は、(90年代民族間対立が内戦に発展した)
ボスニア・ヘルツェゴヴィナでは、多民族が共通で使用する新たな歴史・地理教科書及び教師用マニュアルのための共通ガイドラインの準備作業をおこなった。この作業には各民族出身の教師が積極的に参画し、多様な視点を教える歴史教材やインタラクティブな教授法を熱心に研究した。


欧州評議会の議員会議でも、紛争後の和解プロセスを進める上で歴史教育が果たす役割に注目している。議員議会は、論争の的となっている歴史的事象を扱う場合、安易に特定の視点のみを採用する政治的なご都合主義に陥ることがないよう警告している。同議会はまた、同じ事象であっても、多くの視点や解釈が(しかも全て証拠に基づいて)存在し得ることが、今日の国際社会において受け入れられていると指摘している。


従って、人権問題を歴史論争の「人質」にしてはならない。そうして作りだされる歴史事象の一面的な解釈や歪曲が、少数民族に対する差別、外国人嫌い、紛争の再発へとエスカレートしていく危うさを理解しなければならない。そして新たな世代は、父祖の世代の一部の人々が行った事件について非難されるべきではない。


大切なことは、真実を誠実に追求し、異なる歴史認識について事実に基づく分別ある協議を積み重ねていくことである。そうすることができてはじめて、歴史から正しい教訓を共に学び取ることができる。(
原文へ


翻訳=INPS Japan


トーマス・ハマーベルグ氏は欧州評議会人権委員。ハマーベルク氏の論説はこちらから閲覧可能。