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INPS JAPAN   IDN-InDepthNews - UN INSIDER

米国のモン(Hmong)族の若者が直面する暗い歴史

 

【サンフランシスコINPS=ゴック・グエン】

米国のモン族コミュニティは、6月4日にカリフォルニア在住のモン族11人が「ラオス政府の転覆を謀った」として逮捕されたことで、一躍米国全土からの注目を集めた。

逮捕者の中には、ベトナム戦争の際、ラオスのモン族の「秘密軍」を率いた77歳のバン・パオ将軍が含まれていた。「秘密軍」は、ラオスとベトナムの共産勢力に対抗して米軍を援護するためにCIAが支援していた。

バン・パオとその共謀者10人は、米国と友好関係にある国の侵略を計画し、いわゆる中立法に違反したとして起訴された。司法省の関係者は、容疑者たちがAK-47アサルトライフル、地対空ミサイルおよび対戦車ミサイル、地雷、ロケット弾、その他の爆発物を入手しようと謀っていたという。

 
その後、裁判官がほとんどの容疑者の保釈を命じ、事実審理前協議は7月25日に予定されている。

パオと共謀者が拘束されていた間には、米国に住む数千人のモン族の人々がカリフォルニアの州都、サンフランシスコの裁判所に押しかけ、容疑者全員の釈放を要求した。

抗議するモン族の人々の中にダニエル・シオン(21)がいた。在住するカリフォルニアのストックトンの町で、抗議集会に参加するために若者を組織化しようと活動し、抗議集会では地元の警察とも協力して治安の維持に努めた。シオンは、バン・パオ将軍とその他の人々の逮捕がモン族のコミュニティにマイナスのイメージをもたらしたという。

「ある日、朝起きて仕事に行ったら、やってきた上司に、お前たちはテロリストだと言われた。違いますと答えたが、モン族のコミュニティがテロリスト呼ばわりされることを悲しく思う」とシオンはいう。

両親がカリフォルニアの抗議集会に参加した、ニューヨークシティに住むモン族の米国人大学院生(25)は、「バン・パオを支持するかしないかにかかわらず、今回の抗議は米国のモン族コミュニティを、初めて世代を超えて団結させた」という。逮捕によって、これまで知らなかった歴史を振り返ることになったものもいる。米国に住むモン族の第二世代の多くがそうである。

名前を明らかにしないこの女子学生は、カリフォルニアのフレスノ郊外で育ったという。フレスノには大きな米国人モン族コミュニティがある。子供の頃から、故国の歴史を聞かされていたのは、両親が活動家であり、父方母方双方の祖父は秘密戦争の時に米軍に味方して戦ったからだった。彼女にとってバン・パオと共謀者の逮捕は、戦争の古傷を疼かせるものだった。

「ラオスでモン族が米国に裏切られた過去の再来という印象をもつ」という。「米国は米軍部隊を退却させて、モン族社会を自分たちだけで対処するよう置き去りにした。これがラオスでの人権侵害の引き金になり、そのひとつが広く知られている戦後の大量虐殺で、ラオス政府はモン族を追い詰めて殺し、そのために多くが国外逃亡した」

ラオス政府の手による報復を避けて、多くのモン族は難民として逃げ出した。数万人が隣国のタイで新生活を始めた。現在米国にはおよそ25万人が住んでおり、カリフォルニア州、ウィスコンシン州、ミネソタ州にモン族コミュニティが多い。
 
 
1990年代に、タイに住んでいた2万9,000人のモン族がラオスに送還された。米国のモン族の中には、モン族はラオスで差別、迫害、暴行に直面していると主張する者もいる。ラオスに住むモン族は同じような少数民族ユーミエン(ヤオ)族を加えても、およそ650万の人口のうちの10%以下である。

ラオス人民民主共和国(PDRのフィアネ・ピラコネ駐米大使はラオスでモン族に対する人権侵害が行われていることは否定している。だがアムネスティ・インターナショナルのアジア担当弁護ディレクター、T.クマル氏は、モン族は「人権侵害の観点からひどい状態」にあるという。

ラオスのジャングルに隠れ住むモン族はおよそ2,000人いて、今なお、ベトナム戦争時代の武器を使って、ラオス軍と小規模の戦闘を行っている。クマル氏によれば、この民族は貧窮した危険な状態で生活しており、食糧や医薬品も不足し、軍隊の襲撃をたびたび受けている。

アムネスティ・インターナショナルはラオスに住むモン族の2つの集団について心配している。ひとつはタイからラオスへ送還された人々で女性と子供を含んでいる。もうひとつはいまだにジャングルで勝ち目のない戦いを続けている集団である」とクメル氏はいう。「どちらの集団にも連絡が取れていない。ジャーナリストや国際監視団も接近できない状態だ」

米国に渡ったモン族の第二世代にとって、今回の事件は自分たちの歴史とラオスのモン族の現在の状況について話を始めるきっかけとなった。

ダニエル・シオンは、米軍が終戦後モン族の同盟軍を置き去りにしたことを最近知ったが、米軍に入隊しようという気持ちは変わらないという。モン族社会に「テロリスト」のレッテルを張る人々に対する反証として、シオンは志願してイラクに行きたいと語った。

「我々モン族には故国がない。けれども米国にやってきて、米国が故国になった。自分は故国のための戦闘に参加する。平和のための戦いであり、過去に捨て去った故国のための戦いでもあるから」

数年前、米国のモン族コミュニティは別の問題で分裂した。米国とラオスの通商関係の正常化問題である。両国は2003年に貿易協定を結んだが、それは2005年まで公式のものではなかった。米国のモン族の中には、正常通商関係に反対し、米国は人権侵害をやめるようラオスに圧力をかけるべきだと感じる者がいたからだ。

モン族コミュニティのまた別の人々は、通商関係が促進するのは平和への道だと考えている。

米国ユーミエン同盟代表のセン・フォ・チャオ牧師は、ラオス系米国人の代表の1人として2005年12月にラオスへ渡り、ラオスとの商取引を拡大し、人的パイプを作り上げた。牧師もまた、ベトナム戦争のときに米軍の兵士とともに戦ったが、その後はモン族とはまったく異なる人生をたどった。

チャオ牧師はユーミエン族に属し、この民族はラオス、中国、タイ、ベトナムに広がっている。バン・パオ将軍の逮捕については、牧師の組織は「中立的立場」を取ることを決めている。

「ラオス本国のユーミエン族は騙されてジャングルへ誘い込まれ、1975年から87年まで政府軍の兵士と戦った」とチャオ牧師はいう。「だが生き残ったユーミエン族は武器を置いてジャングルから出てきて、1987年に政府軍側に投降した。それ以来ラオスのユーミエン族はラオス政府および世界と友好的な関係にある」(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩


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