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INPS JAPAN   IDN-InDepthNews - UN INSIDER
|Q&A|真実は和解をもたらす

 

【ベオグラードIPS=ヴェスナ・ペリッチ・ジモニッチ】

 

セルビアは、2000年のミロシェビッチ体制崩壊後、同胞が犯した戦争犯罪の調査に大きな努力を払ってきた。しかし、セルビア人に対する戦争犯罪も明らかにされるべき時が来た。

これら調査の先頭に立つウラジミール・ヴクチェヴィッチ特別検察官は、1999年コソボ在住のセルビア人数百人が誘拐され、臓器獲得のためアルバニアへ送られたとされる事件の調査に当たっている。以下はヴクチェヴィッチ検察官に対するインタビューの概要である。

|イラク|メディアも報じない『溢れかえる無縁墓地』

【バグダッドIPS=ダール・ジャマイル】

 

「私はこの4年間働きづめの状態だ。2006年から1年半ほどのピーク時には毎日40から50の遺体を埋葬していた」。バグダッド郊外のアブグレイブで墓堀人夫として働くアリはIPSの取材に応じ、イラク全土の共同墓地で引き取り手のない身元不明の遺体が急増している現状について語った。

同地区の共同墓地で眠る遺体の内訳は、25%が暴力、70%が2006年から2007年にかけて頻発したムクタダ・サドル師率いるシーア派民兵組織、マハディー軍による宗派主義的暴力によるものである。

|オーストラリア|先住民族、建国記念日の変更を主張

【メルボルンIPS=スティーブン・デ・タルチンスキー

 

オーストラリアは、シドニー湾に最初の移民船が到着しサウス・ウェールズ植民地を建設した1788年1月26日を建国記念日と定め、毎年盛大なイベントを催している。

これについて、先住民族の学者、作家、映画監督であるサム・ワトソン氏は、「先住民族アボリジニは、何故1月26日を建国記念日とするのか当惑してきた。その日は、長期にわたる植民地侵略の始まりの日、つまり大量殺戮、大量処刑、土地の収奪、今日まで続く民族破壊政策の始まりの日だ」と語る。

実際、国家としてのオーストラリアは植民地の連邦化が行われた1901年まで存在しなかったのだ。

|スリランカ|将来を心配するタミル人

【コロンボIPSIPS特派員チーム】

 

2月4日に独立61周年を祝ったスリランカだが、反政府勢力が支配する北部に暮らす少数民族タミル人の思いは別だ。「そっとしておいてほしい。なんとか暮らしていきたいだけ」。政府が掌握する北部の町ジャフナから匿名を条件に電話でIPSの取材に応えた元教師の言葉は、この紛争地に暮らすタミル人共通の願いである。

独立記念の挨拶に立ったラジャパクサ大統領は、タミル人のホームランド建設を目指して1972年から戦ってきたタミル・イーラム解放の虎(LTTE)の掃討も数日で完了すると強調した。

LTTE
は、北部に住むタミル系住民25万人を連れて支配下のジャングルに撤退。政府は、LTTEが住民を人間の盾に使っていると非難している。2月2日には、政府支配の安全圏にいる市民の安全と保護は保証するが、LTTE支配の地域に残る市民の安全については責任は負えないとの国防省の声明を発表した。

|米国・アフガニスタン|バグラムはグアンタナモより劣悪か

【ニューヨークIPS=ウィリアム・フィッシャー】

 

キューバのグアンタナモ収容所を閉鎖する仕事がオバマ次期大統領に任されたのは知られているが、アフガニスタンのカブール近郊のバグラム収容所の問題についてはあまり知られていない。もうひとつのグアンタナモと呼ばれるこの収容所には、現在600~700人が拘束されている。

米軍が2001年のアフガニスタン侵攻でタリバンを転覆させた後、バグラム収容所は拘束者の暫定的審査を行う施設として設立された。収容者は現在、グアンタナモの3倍である。2005年に収容者の待遇が問題になり、米国はこの施設をアフガニスタン政府に委譲しようとしたが、さまざまな事情により現在も米軍が管理している。

最近の赤十字国際委員会(ICRC)の機密報告書によると、収容者の虐待が続いているという。アメリカ自由人権協会(ACLUH.シャムシ氏は、「バグラムはグアンタナモと同じように劣悪で、悲劇を繰り返さないために実態調査を行うべき」とIPSの取材に応じて語った。

司法の介入が期待される中、昨年6月に米最高裁は、米軍がテロ容疑者としてグアンタナモに拘束している外国籍の人々に、拘束を不服として裁判所に訴える権利を認めた。この決定がバグラムにも適用されるかどうかが検討され始めている。グアンタナモと同様にバグラムもテロとの戦いのために軍が管理し、米国の司法が及ばない外国に設立されている。

バグラムにはグアンタナモでの判断は適用されないというのが大方の見方だが、バグラムの収容者の弁護士は、法廷で拘束の是非を問う権利とともに人身保護令状請求権を求めている。この訴えを受けた地裁のJ.D.ベイツ判事は、バグラムは戦闘地域であり訴えを棄却すべきという政府の申し立てにまだ判断を示していない。

バグラムの弁護士は、収容所が暫定的施設ではなく、テロとの戦争という永続的な状況における常設刑務所になっているという。拘束の当否を審査する戦闘員審査法廷(CSRT)もない。司法省は拘束者の釈放が、あるいは訴訟を検討するだけでも、安全を脅かすことになると主張している。

裁判所の裁定の進行は定まっておらず、バグラムの問題もグアンタナモと同じように新しい大統領に解決を委ねられることになるだろう。

アフガニスタンの米軍のバグラム収容所の問題について報告する。(原文へ

翻訳/サマリー=IPS Japan浅霧勝浩

関連記事:
|米国|テロとの戦い|「アフィア女史を釈放せよ」とUAE

 

|アルゼンチン|人権|暴力的な警察、「若者と貧困者」が犠牲に

 

【ブエノスアイレスIPS=セバスティアン・ラクンサ】

 

アルゼンチンでは、独裁的軍政から民政に移管された1983年からこの25年間に、警察署や刑務所における虐待、即決処刑、あるいはすぐに発砲する警察官などによる死亡者が2,557人を数えることが、弁護士を中心メンバーに警察の虐待による被害者擁護のために活動する団体「警察および制度上の抑圧に対抗する協会」(CORREPI)の最新年次報告書(2008年末発表)で明らかにされた。

CORREPI
は、被害者の大半は「暴力の横行する貧困地区に暮らす浅黒い肌の若者」と説明、被害者の2分の1以上が25歳未満、3分の2が35歳未満であるとしている。

CPRREPI
のグスタヴォ・フィログラッソ氏はIPSの取材に対し「警察の虐待による犠牲者2,557人は氷山の一角。実際はもっと多い」とし、次のように語った。「これは不法な抑圧の話ではない。次々と承認されている立法改革によって合法化されつつある国家による抑圧なのだ」


CORREPI
は、2003年から2007年までの
キルチネル政権そしてその夫人クリスティーナ・フェルナンデス・キルチネルが大統領に就任した現政権こそ、最大の抑圧の責任者と結論づけている。

|欧州|極右の台頭で被害を受けるロマ人

【ブダペストIPS=ゾルタン・ドゥジジン】

 

中央ヨーロッパで警報ベルが鳴り響いている。経済危機に身構えるなか、ロマ人(14世紀にインドからヨーロッパに移住したと考えられるジプシーと呼ばれる少数民族)を攻撃対象とする極右が勢力を伸ばしている。

「ジプシーは、左派にとっても右派にとっても政治的分裂を引き起こすような問題ではない。ところが極右勢力はこれを利用し、政治を離れた所で勢力拡大を図っている」とハンガリーの人類学者Gergo Pulay氏はIPSの取材に応えた。

|アルゼンチン|人権犯罪裁判の進展は遅く…

【ブエノスアイレスIPS=マルセラ・ヴァレンテ】

 

アルゼンチン最高裁判所の恩赦法廃止決定により、キルチネル政権(2003-2007年)は、軍の人権犯罪に対する裁判を再開したが、その速度は遅く、係争中の案件は現在800件に及ぶ。

12月18日、モンテネロス・ゲリラ5人を拉致した罪で軍事政権の元メンバーのクリスティノ・ニコライデス(82)に懲役25年の刑が言い渡された。


また、5人の軍高官、警察署長、民間諜報員に対しても、海外亡命者誘拐の罪で懲役20-25年の刑が宣告された。元軍人に対する判決は今回が初。しかし、警察官、沿岸警備隊員に対する4件の裁判では、重要証人2人が誘拐、殺害されている。

世界人権宣言の精神に戻るべきとき(アイリーン・カーン)

ムンバイで容赦ないテロ事件がおきた。ウガンダへはコンゴ東部で起こった戦闘から逃れる人びとが殺到している。イランでは10人が処刑された。スリランカでは30万人の市民が家を追われている。世界人権宣言の60年を祝うにはあまり適切なときではないように思える。

しかし、こうした記念のときは、考えを新たにするときでもある。多くの点において、今日の人権状況は1948年よりも改善している。男女平等、子どもの権利、公正な裁判などの価値は今日定着している。しかし、同時に、今日の世界は、不正や不平等などがいまだにはびこっている社会でもある。

|アルゼンチン|拉致政治犯の子ども、自らの経験を語る

 

【ブエノスアイレスIPS=マルセラ・ヴァレンテ】

 

軍事独裁政権時代(1976-1983)に拉致され行方知れずとなった人々の子どもたちのその後の人生を綴った本De vuelta a casa: Historias de hijos y niertos restituidos(帰宅:発見された子どもおよび孫の話)が11月、アルゼンチンで出版された。

政治犯収容所で生まれたあるいは幼くして両親と共に拉致された後、子どものいない軍人や警察官夫婦に育てられた10人の心境告白を読めば、何故過去を捨て育ての親に背を向ける者がいる一方で、真実を知り肉親に会ってもなお育ての親の苗字を維持し、依然彼らを父さん、母さんと呼ぶ者がいるのか理解できるだろう。