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INPS JAPAN   IDN-InDepthNews - UN INSIDER
「性産業」犠牲者の声なき声:Chantha(仮名)の場合


Image: Enlarged and cropped image on Cover of 2016 UNODC Global Report on Trafficking in Persons.【INPSメコン地域HIV/AIDS研究事業現地取材からの抜粋】

プノンペン近郊のこの売春街(Svay Park)では、売春婦のほとんどが私も含めてヴェトナムからの貧しい移民とその子孫です。私は建設現場の季節労働者の父と専業主婦の母、そして兄弟姉妹6人の大家族の中で育ちました。その他、叔母が私たちと同居してましたが、実は私はその叔母に売春婦として売られました。

当時、私の家は多額の借金を抱えており、17歳になった私を売ることで借金を返済しようと勧める叔母に、両親は反対できなかったのです。私は叔母に売春宿へ連れていかれた日のことを今でもよく覚えています。売られていく先への道中、『これから自分がどんな目にあうのだろうか』という恐怖心で頭がいっぱいで体の震えがとまりませんでした。

|パキスタン|レンガ作りの奴隷にされる労働者

Over four million brick kiln workers in Pakistan are bonded labourers, tied by debt to their employers. Credit: Irfan Ahmed/IPS【ラホールINPS=イルファン・アフメッド】

 

必ずしも、過去に戻るのにタイムマシンが必要なわけではない。パキスタンのパンジャブ州にあるレンガ窯を訪ねてみれば、人間が家畜や奴隷のように扱われていた時代を思い起こすことができるだろう。

パキスタン国内の約1万8000のレンガ窯で、約450万人の労働者が借金返済を口実に家族ぐるみで奴隷同様の生活を強いられている。

|チェコ共和国|人権外交の原則を守るかビジネスを優先するか

【プラハIPS=パボル・ストラカンチスキー】

 

ダライ・ラマや投獄されたロシアのバンド「プッシー・ライオット」といった「派手な政治的大義」を追いかけるのはやめたらどうか、というチェコ首相(ペトル・ネチャス氏)からの呼びかけに対して、同国の外務省が、人権擁護は「売り物ではない」と主張し続けている。

ダライ・ラマ
は、チベットの宗教的・政治的指導者。プッシー・ライオットは、ウラジミール・プーチン大統領に対して批判的な歌を歌ったとして投獄されたロシアの音楽グループである。

近年の歴史においては、もっとも有名な抵抗者の一人ヴァーツラフ・ハヴェル前大統領を輩出し、人権と権威主義体制への抵抗者の擁護をビロード革命による共産体制崩壊後の外交政策の柱としてきたこの国で、首相からこうした発言が出たことに、怒りが噴出している。

ポテンシャルを発揮する人権教育

【ジュネーブIPS=グスタボ・キャプデビラ】

 

国連の専門家と市民社会の支援によって製作された短編ドキュメンタリーで、近年注目されている人権教育のインパクトに焦点があてられている。

開会中の第21回国連人権理事会の公式関連行事として9月19日に上映された人権教育映画『尊厳への道人権教育の力(A Path to Dignity – The Power of Human Rights Education)』では、人権教育・研修、人権侵害の被害者と、加害者になる可能性のある人々にいかにして大きな変化をもたらしうるかについて描いている。

ビルマで少数派ムスリムの民族浄化か?

【バンコクIPS=マルワーン・マカン-マルカール】

 

ミャンマー(ビルマ)西部で進行している宗派闘争を伝える様々な報道から、同国で従来から迫害を受けてきたイスラム教徒で少数民族のロヒンギャ族が直面している苦境が明らかになってきている。地域のある人権保護団体は、2006年当時、ミャンマーにおけるロヒンギャ族への迫害の様子を「じりじりと焼き殺すように進行している大量虐殺(slow-burning genocide)」と例えている。

当局の発表によると、6月14日までに、ビルマで近年最悪といわれる仏教徒のラカイン族とロヒンギャ族との間の衝突で、29人が死亡し(うち、16人がロヒンギャ族で13人がラカイン族)、3万人が家を追われている。また、2500軒以上の家屋に火が放たれ、9つの仏教寺院と7つのモスクが破壊された。

5つ星検問所にエルサレムの更なる分断を疑う住民

【東エルサレムIPS=ジリアン・ケスラーダムール】

 

ここはエルサレム市街とシュアファットパレスチナ人難民キャンプの境に昨年設けられた最新の検問所。モダンな造りの真新しいアルミ製の屋根の下では、東エルサレムの同難民キャンプからエルサレム市街に通うパレスチナ人乗客で混み合うバスが停車しており、2人のイスラエル軍兵士が、一部の乗客を降ろしでスペースを空けさせ、自らバスに乗り込んで乗客の身元確認をしている。

検問所の反対側には、シュアファット難民キャンプを取り囲むように建設された巨大なコンクリート製の隔離壁がそびえたっている。この難民キャンプは、地図上はエルサレムの境界線の中に位置しているが、この分離壁によって他の市街地からほぼ完全に隔離されており、人口が密集した高失業率が蔓延する貧困地区である。

|ハーグ国際法廷|ラトコ・ムラジッチ被告の裁判始まる

 

【ドーハIPS/Al Jazeera

 

ボスニア・ヘルツェゴヴィナ内戦時(1992年~95年)に、数々の戦争犯罪と大量虐殺を指揮したとして告発されているラトコ・ムラジッチ元セルビア人武装勢力司令官(70歳)の裁判が、オランダ・ハーグの国連旧ユーゴスラビア国際法廷で始まった。

5月16日、同法廷の検察官による冒頭陳述が行われたが、ムラジッチ氏が16年に亘る逃亡の末にセルビアで捕えられ、ハーグに護送されてから公判が開始されるまで、約1年が経過していた。

ムラジッチ被告
は、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ内戦時の1995年に同国東部のスレブレニツァで7千人を超えるムスリム男性・少年を1週間に亘って虐殺した事件を指揮したなどとして、戦争犯罪、人道に対する罪など11件で起訴されている。

チベット人が焼身自殺しても誰も気にかけない(R.S.カルハ前駐イラクインド特命全権大使)

【ニューデリーIDN= R.S.カルハ】

 

27才の若きチベット人ジャンフェル・エシ(Jamphel Yeshi)が、中国の胡錦濤国家主席のインド訪問に抗議して、3月26日に焼身自殺を図ったとき、多くの人々がこの「忘れ去られた人々」に降りかかった悲しい運命について思いを巡らさざるを得なかった。

チベットに生まれインドで育ったエシは、「チベット青年組織」の活動家であった。彼は遺書に「チベットの人々がこの21世紀において自らに火を放つのは、世界にその苦しみを伝えんがためである。」と書き残している。

エシはこの意味では独りではない。中国国内で焼身自殺を遂げたチベット人はすでに30人を超えている。しかし、世界は彼らの悲痛な訴えに耳を傾けているだろうか?

|アルゼンチン|30年後に明らかになった一般兵士への虐待の実態

【ブエノスアイレスIPS=マルセラ・ヴァレンテ】

1982年のフォークランド(マルビナス)諸島戦争から30年が経過したが、当時従軍した元アルゼンチン兵士たちが、司法の場で最後の闘いを挑んでいる――彼らは当時上官から受けた残虐な扱いを人道に対する罪として認めるよう、アルゼンチン最高裁に訴えているのである。

「私たちは軍事独裁時代(1976年~83年)の最後の犠牲者です。」と、ブエノスアイレス州の州都ラプラタに本拠を置く「マルビナス戦争元従軍兵士の会」会員のエルネスト・アルフォンソ氏はIPSの取材に応じて語った。

1982年4月2日、アルゼンチンのレオポルド・ガルチェリ政権(右下写真)は、同国の東方480キロの南大西洋に位置するフォークランド(マルビナス)諸島(1833年以来英国が実効支配)に突如侵攻した。

その後74日間に亘って繰り広げられた英国アルゼンチン間の戦争は同年6月14日のアルゼンチン軍降伏で幕を閉じたが、その間にアルゼンチン兵士635名、英国兵士255名が命を落とした。

│グアテマラ│戦争の被害者、忘却の被害者

Most of the victims of Guatemala's civil war were indigenous people. Credit: Danilo Valladares/IPSグアテマラシティIPS=ダニーロ・ヴァジャダレス

「1982年、彼らは私のお母さんと15人の人間を殺し、私たちの家を焼き払いました。私たちはいま支援を得ようとしていますが、まだ何も手にしていません。」こう語るのは、グアテマラの先住民族イクシル族のハシント・エスコバルさんである。

「当時彼らは、村人たちを中に押し込めたまま家屋を焼き払っていきました。幸い、私は我が家が襲撃された時に不在だったので、隠れることができたのです。」とエスコバルさんは、内戦の被害がとりわけ大きかった北西部のキチェ県で取材に応じて語った。

彼は、グアテマラ内戦(1960~96)の犠牲者の一人である。左翼ゲリラと政府軍との戦いの中で、主に先住民のマヤインディアンを中心に約25万人が死亡あるいは行方不明になった。国連の支援した「歴史解明委員会(Historical Clarification Commission)」の調査によると、死亡の93%は政府軍側に原因があるという。

 
1996年12月29日、グアテマラ政府とグアテマラ民族革命連合との間で和平協定が結ばれた。このとき軍側の代表であったのが、1月にグアテマラの大統領に就任したオットー・ペレス・モリーナであった。その際、内戦の被害者に対する補償や先住民のアイデンティティや権利に関する協定が結ばれた。

また2003年には、政府による被害者補償の枠組みが創設された。経済的損害に対して土地や住居などで補償をしたり、心理的な支援などを行うことがそのおもな内容である。

しかし、政府内の腐敗や縁故主義などにより、補償制度を自らの利益のために悪用する政治家が後を絶たない状況が続いており、未だに多くの被害者が補償されるのを待ちわびている。

チマルテナンゴ州の被害者マニュエル・テイさんは、「ここでは2011年に補償プログラムの一環として576軒の家が建てられたが、建築はまだ道半ばです。私たちは家を完成させるために、自分たちで建材を買ったり、職人を雇わなくてはなりませんでした。」と語った。そうした政府支給の家屋の中には建ってわずか3ヶ月でもう床が割れ始めたところもあるという。

しかしテイさんは、賠償金を得るためには政府やNGOによる煩雑な手続きを経なければならなかった。そこでカクチケル・マヤ語で「種子(Q'anil)」という名前の会を立ち上げた。

これまでにテイさんと内戦を生き残った兄弟が獲得した賠償は、36平方メートルの家屋と、3600ドルの現金である。


それでも、賠償プログラムに従事していた元役人達が会計の不正処理をしていたという報道を耳にしていなかったら、犠牲者たちはこんなにも憤りを覚えることはなかっただろう。

紛争遺族会(Associations of survivors of the conflict)を含むNGO19団体が2010年から11年にかけて行った社会監査では、こうした政府による補償事業の問題点として、プロセスの不透明性、恣意的な判断、差別があったことなどを挙げている。

2011年、32の先住民族団体が、政府は内戦被害者に適切な補償を行っていないとして、米州人権委員会IACHR)に提訴した。

また犠牲者に対する精神面、社会面における支援や、社会復帰を支援する努力が欠けている問題点も指摘されている。

戦争被害者を支援している「犯罪科学分析・応用科学センター(CAFCA」のセルジオ・カストロさんは、「これまでの補償は経済的・物質的な支援に偏っており、しかも補償がなされた被害者は全体の2割程度にとどまっています。」「一方、被害者達が内戦当時奪われた土地の返却や、破壊された農地への投資、強姦された女性に対するケアといった対策は、政府の補償プログラムに明記されているにも関わらず、実施されていません。」と政府の対応を批判した。

またカストロさんは、「犠牲者と加害者が同じコミュニティーで暮らしている現実を考えれば、内戦で崩壊した社会構造を再建し彼らが再び平和裏に共生していけるようにするためには、犠牲者に対する精神面の支援が大変重要になります。」と語った。

ラテンアメリカでは、チリやアルゼンチンのように、かつて軍事独裁政治を経験した国々では、犠牲者に対して経済的、社会的補償制度を実施した事例がある。またその他の先例では、ドイツ政府がナチスによるホロコーストの犠牲者に対して行った事例がある。

連れ合いを奪われたグアテマラ女性の会(CONAVIGUAのフェリシア・マカリオさんは、「グアテマラ政府の場合、内戦の被害者に対する支援を真剣に行おうとする意志が欠如しているのです。」と語った。

内戦時代国軍の特殊部隊で戦い和平合意の軍側の代表をつとめたペレス・モリーナが大統領に就任したという政治状況は、内戦の被害者にとって必ずしも明るい兆しとは言えない。

「現大統領が内戦終結を合意した当時の軍側の当事者であったということは、ますます彼は犠牲者へ約束された補償を実行に移す道義的な責任があるはずです。しかし実際のところ、モリーナ大統領がはたして補償プログラム予算をどのように取扱いかを見極めるまでは、なんともいえません。」

被害者補償に割り当てられた2012年の予算は1050万ドル。しかし、社会団体は、約4000万ドルは必要だと議会に訴えかけている。

活動家たちは、内戦で家族や家屋、田畑を失った人々にとって援助は極めて大事という。「とりわけ、精神的、社会的支援は重要です。」とマカリオさんは語った。

「犠牲者への補償は、内戦中に悲惨な暴力を経験してきた人が、その経験を克服していく上で大変重要な役割を果たすことができます。内戦中、グアテマラでは何千人もの女性が国軍による暴行に晒されてきましたが、政府は未だに彼女達に対する支援の手を差し伸べていないのです。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩