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INPS JAPAN   IDN-InDepthNews - UN INSIDER

セネガル大統領、チャド独裁者の引渡しを迫られる

【米国IPS=ジム・ローブ】

 

人権擁護団体は11月25日、セネガルのアブドゥライ・ワッド大統領に対し、「アフリカのピノチェト」と呼ばれるチャド前大統領イサン・ハブレを直ちにベルギーへ引き渡すよう要求した。ハブレは1980年代、8年間に亘り政権を維持。その間の残虐行為によりベルギーで裁きを受けることになっている。

ニューヨークを本拠とする人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)とチャド政治弾圧・犯罪犠牲者の会(Chadian Association of Victims of Political Repression and Crimes)は、セネガル控訴裁判所が今週、同裁判所にはベルギーの引渡し要求を審査する権限はないとの判断を下したことから、この要求を行ったもの(ベルギーは、4年前に起訴手続きを開始)。

 
裁判傍聴のためダカールに来ていたHRW国際司法担当ディレクター、リード・ブロディー氏は「全ては、ベルギー司法当局とワッド大統領の決定に委ねられた。15年に亘り正義を要求してきたハブレの犠牲者は、ここで諦めはしない」と語った。


ブロディー氏によれば、ワッド大統領は2001年以降、少なくとも2度に亘り、1990年の国外追放後セネガルに住んでいるハブレの引渡しを認める方向にあると語ったというが、同大統領は先週、アフリカ諸国リーダーに相談した上で決定すると発言している。


セネガルでのハブレ裁判を要求し続けてきたアフリカ人権防衛会議(African Assembly for the Defense of Human Rights:本拠ダカール)のAlioune Tine氏、チャド政府弾圧・犯罪犠牲者の会のイスマエル・ハキム会長およびハブレ政権によるある拷問被害者も、ブロディー氏の引渡し要求に参加した。


Tine
氏は「イサン・ハブレをベルギーに送り公正な裁判が行えるかどうかは、ワッド大統領の約束履行、送還命令署名にかかっている」と語っている。


その人道的犯罪によりチリの元独裁者
アウグスト・ピノチェトと比較されるハブレは、1998年11月、スペインの逮捕礼状によりピノチェトが英国で逮捕された時から、チャドおよび国際人権団体の標的となった。


ピノチェト(現在90歳)は送還を逃れたものの、チリ帰国後、一連の裁判にかけられている。偶然にも今週、海外個人口座に関わる脱税・旅券詐欺および1975年に行われた119人の拉致・殺人で起訴が確定し、ピノチェトはサンチャゴで拘束された(1973年、ピノチェトが指揮する軍事クーデターにより、国民選出によるアジェンデ大統領は殺害された)。


ハブレ(63)も、1982年にクーデターで政権を奪取し、一党独裁の下HadjeraiZaghawaを始めとする少数民族の大規模弾圧および政治粛清を行ってきた。


ピノチェト同様ハブレも、「リビアの南部進出を阻止するための防波堤になる」と考えた米国から大々的な支援を受けた。フランスもまた、重要な支援国であった。


レーガン政権時代、米国は、当時国務長官であったアレクサンダー・ヘイグ氏によれば、「カダフィの鼻を明かすため、CIAの隠密軍事要員を派遣してハブレによる政権転覆を助けた」という。米政府はその後も、ハブレに対し年間数千万ドルの資金および軍事訓練・諜報支援を提供し続けた。


その後ハブレは、イドリス・デビ現大統領により失脚させられた。デビ大統領も人道的犯罪で批判されたが、その規模はハブレの比ではない。


HRWは、犠牲者の数は明らかでないとしているが、デビ大統領が設立した「司法省真実調査委員会」(Ministry of Justice truth commission)は、1992年発表の報告書で、4万人の政治粛清、20万件の拷問が確認されたと述べている。


その多くは、秘密警察National Security Service(その数8,000人)によるものという。HRWは、秘密警察の活動を「消えることのない恐怖」と称している。


ハブレ追放の直前、大統領護衛部隊は、首都ヌジャメの本部に拘留されていた政治犯300人強を殺害したという。


残虐行為の犠牲者および活動グループは、政府の支援を受けることなく、1990年以降秘密裏に証拠・証言収集を行ってきた。2000年のピノチェト逮捕を期に、ハブレが住んでいたセネガルの法定に裁判開始を要請したが、最高裁は翌年、国内犯罪でないためセネガルでの裁判は不可能との判定を下した。


犠牲者21人は、その時既に、重大な残虐行為に対しては犯罪が行われた場所に関係なく裁判を行うとする「国際犯罪法」を施行するベルギーで訴訟を起こしていたため、犠牲者グループは、ハブレのベルギー引渡しを要求していくこととした。


ベルギー議会は、ブッシュ政権の圧力により2003年に同法を廃止したが、ハブレの裁判は、既に調査が開始されていたこと、犠牲者(原告)3人がベルギー国籍を有していることから継続が可能となった。


調査判事は2002年に
チャドに行き、証言聞き取り、刑務所/合同埋葬所の調査およびHRWが発見した秘密警察ファイルのコピーを行った。2002年11月には、裁判に消極的であったチャド政府も正式にハブレの免責要請を却下した。ベルギー法廷は、今年9月19日、遂にハブレの逮捕命令を発した。


人権擁護団体の他にも、コフィ・アナン国連総長、ルイーズ・アルブール国連人権高等弁務官、アフリカ連合のアルファ・オウマー・コナレ委員長、マンフレッド・ノバク国連拷問特別調査官といった国際機関代表もハブレ引渡しを支持している。


控訴裁判所決定により、ワッド大統領の出方に関心が高まっている。HRWは、ワッド大統領は、2001年および2003年に「外国における裁判が公平なものであれば、引渡し要求を前向きに検討する」と発言したと述べている。


HRWはまた、地元人権団体の支援を得て、ハブレ時代に拷問・弾圧に積極的に関った政府要人41人の解任をデビ大統領に要求する運動を行っている。チャド政府は今夏、同グループ宛ての書簡の中で、解任に必要な法の改正、拷問犠牲者への賠償、記念施設の建造を行う旨約束した。(
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翻訳=IPS Japan浅霧勝浩



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