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奴隷状態から自立へ:南インド、ダリット女性たちの物語

BhagyaAmma, a Madiga Dalit woman and former ‘devadasi’ (temple slave), has found economic self-reliance by rearing goats in the Nagenhalli village in the Southwest Indian state of Karnataka. Credit: Stella Paul/IPS今日、違法な採掘活動とヒンドゥー寺院公認の性的人権侵害という2つの崩壊しつつある仕組みの灰燼の中から、インドで最も貧しい女性たちが持続可能な未来に向けた道筋を示しつつある。不条理な因習と社会的悪弊に苦しめられながらも、厳しい試練を闘い抜いて自由とささやかな生活を勝ち取ったダリットの人々と彼らを支える勇気ある人々の姿を取材した。

【ベラリー(インド)IPS=ステラ・ポール】

40代になるダリット女性のフリジェ・アンマさんは、ミシン台で上半身を前に傾けながら注意深くシャツの縁を縫っていた。彼女の傍には、22歳になる娘のルーパさんが、携帯電話に送られてきたメールを読みながら楽しげに笑っていた。

インド南西部カルナタカ州ベラリー県で暮らす2人は、つつましいながらも現在の生活に満足している。1日50セントでやり繰りし、家族の衣服は自ら縫い、地域の住民に教育を提供するプログラムに参加している。

しかし、それほど遠くない昔、この親子は奴隷の境遇にあった。彼女たちは、鉱物資源が豊かなカルナタカ州ベラリー県(インドの鉄鉱石埋蔵量の4分の1を占める)に潜む2つの悪弊(①ヒンドゥー教の寺院における性奴隷の慣行。②県内に点在する違法鉱山での強制労働による搾取)に翻弄されながらも、厳しい試練を闘い抜いて今の生活にたどり着いたのだった。

二重奴隷の軛(くびき)からようやく解き放たれたアンマさん親子は、いかに質素なものであっても、やっとの思いで勝ち取った今の生活を守り抜いていく決意だ。

それでもなお、彼女たちは、かつて自分たちの生活を規定していた悲惨さや、彼女たちを極貧と奴隷の境遇へと追いやったインド社会に根深く存在する宗教的・経済的仕組みのことを、決して忘れることはないだろう。

ヒンドゥー寺院から露天掘りの鉱山へ

フリジェ・アンマさんは、IPSの取材に対して、「私は、両親によって(『堕ちた者たちの女神』としてヒンドゥー寺院で崇拝されている)女神イェラマに奉納された時は12歳でした。私は『デーヴァダーシー(神の召使い)』になった、と言われたのです。」と語った。

「当時私にはそれがどういうことか、わかりませんでした。わかっていたのは、私はもう女神のものになったのだから、男の人と結婚することはできなくなった、ということでした。」

彼女の最初の印象は真実とさほどかけ離れていなかったが、無垢な少女が、それから長年に亘って自分の身にふりかかる恐るべき隷属の日々を知る由もなかった。

デーヴァダーシー」とは、特定の神や寺院に奉仕するために、ほとんどの場合、低カーストに属する少女を捧げる慣行で、南インドで数百年に及ぶ歴史がある。

デーヴァダーシーの女性はかつてインド社会で高い地位を占めていたが、インドの諸王国が大英帝国の統治下に置かれるようになると、寺院は経済的に困窮し、多くのデーヴァダーシーたちは、かつて彼女たちを支えていた仕組みがない状況に放り出されることになった。

神々に結び付けられている身として、他の仕事を見つけることができず困窮したデーヴァダーシーらは、インド南部一帯の多くの州で売春婦となった。インド政府は1988年、こうしたヒンドゥー寺院による奴隷制全体を禁止する命令を下した。

しかし、その後もこの慣行がなくなることはなかった。フリジェ・アンマさんのような元デーヴァダーシーだった女性が証言しているように、今日におけるヒンドゥー寺院の奴隷慣行は、犠牲となっている少女らに対する侮辱的で残虐な性質において、80年代となんら変わるところがない。

アンマさんは続けて「成長すると、多くの男性が夜ごと私の元に押し寄せ、性的行為を求めてきました。拒否することができず、別々の男性による5人の子どもを身ごもりました。しかし、そのうち誰も、私や子どもに対する責任を取ろうとはしませんでした。」と語った。

5人目の赤ちゃんが生まれた後、飢えと絶望に正気を失いそうになったアンマさんは、寺院を後にし、カルナタカ州北部の世界遺産「ハンピ」近くにある町・ホスペットまで逃れた。

露天掘りの鉱山で仕事を見つけるまでにそれほど時間はかからなかった。そこは、2004年から11年までこの地区一帯で操業していた数多くの違法鉱山の一つだった。

アンマさんは、夜明けから夕暮れまで、鉄鉱石を「発破」によって取り出すために露天にハンマーで穴をあける作業に6年にわたって従事した。

当時の彼女は、この肉体的に骨の折れる仕事が、カルナタカ州における大規模な違法採鉱の中核をなしているということを知る由もなかった。この違法採鉱によって、2006年から11年の間に2920万トンの鉄鉱石が採掘・輸出されたのである。

彼女が知っていたのは、自分自身と、横で児童労働者として働いていた娘のルーパさんが、毎日50ルピー(約0.7ドル)しか稼ぐことができない、ということだった。

One of hundreds of illegal open-pit iron ore mines in the Bellary District in India that operated with impunity until a 2011 ban put a stop to the practice. Credit: Stella Paul/IPS当時警察が、違法取引を取り締まるためとして、しばしば鉱山に捜査に入り、労働者を逮捕していた。釈放してもらおうとすると、警官に200~300ルピー(約4~6ドル)の賄賂を払わなければならなかった。

「デーヴァダーシー」のしくみとの奇妙な類似だが、この警察による取り締まりによって、労働者たちの鉱山操業者への借金が「永続化」する仕組みになっていたのである。

2009年、過酷な労働が続き、元デーヴァダーシーの彼女を「格好の標的」としか見ていない他の労働者や出入り業者、トラック運転手らからの絶え間ない性的な誘いかけに耐えきれなくなったアンマさんは、思いきって、地元の非政府組織「サキ・トラスト」に助けを求めた。この団体は、彼女と娘を貧苦のどん底から引き上げるために大いに役立ったのである。

今日、彼女の子どもたちは全員学校に通うことができるようになり、長女のルーパさんは「サキ・トラスト」のユースコーディネーターとして働いている。一家はナジェンハリというダリットの村に住み、フリジェ・アンマさんは針子として働くかたわら、地域の若い女性たちに服飾技術を教えている。

カースト:インドのもっとも持続不可能なしくみ

この物語は、フリジェ・アンマさんとルーパさん親子にとってはハッピーエンドなのかもしれないが、インドの約2億人のダリットの多くにとっては、依然としてトンネルの先に光明は見えていない。

インドのカースト制度でかつては「不可触民」と呼ばれていたダリット(文字通り言えば「壊れた者たち」という意味)は、多様かつ分割された集団であり、いわゆる「カーストなき」コミュニティーから他の社会的に無視されてきた人々までを包含している。

ダリットというこの大きな傘の下に、さらなるカーストがある。たとえばマディガ・ダリット(しばしば「ゴミをあさる人びと」と呼ばれる)のような階層は、他のダリットからもしばしば差別されている。

歴史的に見れば、マディガは靴を作ったり、溝を掃除したり、動物の皮をはいだりする仕事をしてきた。それらはヒンドゥー社会の他のすべての集団からは、自分たちの品位に相応しくないと見なされてきた仕事である。

社会活動家で「サキ・トラスト」のバギャ・ラクシュミ代表によれば、南インドのデーヴァダーシーの多くはこうした階層の出身であるという。カルナタカ州だけで2万3000人の寺院奴隷がいると推定されているが、そのうち9割以上がダリットの女性だ。

20年近くにわたってマディガの人々とともに活動してきたラクシュミさんはIPSの取材に対して、「マディガの女性は抑圧と差別以外にはほとんど何も知らないまま成長します。」と指摘したうえで、「デーヴァダーシー制度は、制度化された、カーストを基盤とした暴力以外の何ものでもなく、ダリットの女性を無償労働や不平等賃金などのさらなる搾取にほぼ確実に追いやる仕組みです。」と語った。

鉱山で7年にわたって働いたマディガの女性であるミニ・アンマさんによると、例えば、違法操業の鉱山ですら、ダリットでない女性は1日あたり350~400ルピー(5~6ドル)を手にする。一方でダリットの女性は100ルピー以上を受け取ることがない。

しかし、この大規模な鉄鉱石の違法採掘・取引に囚われた労働者の大部分は、ダリット女性なのである。

「この地域のダリットの家を訪ねてみるといいですよ。『クーリー(労働者)』として鉱山で働いた経験がない独身女性や子どもはいないはずです」と、ベラリー県のマリヤマナハリ村で奴隷労働撲滅に向けて活動している元鉱山労働者のマンジュラさんは語った。

マンジュラさん自身、デーヴァダーシーの娘かつ孫であり、鉱山で子ども時代を過ごした。彼女は、強制労働と寺院奴隷のしくみは、インド南部諸州に広がる搾取の制度につながっており、カースト制度によってさらにこのつながりは強化されていると確信している。

ほとんどの公式統計と同じように、鉄鉱石採掘の現場に送り込まれたダリットの正確な数を彼女も把握しているわけではないが、「数千人」に上るのは確実だという。

生命と暮らしの破壊

インドの年間の鉄鉱石生産量は世界の7%を占めており、ブラジル、中国、オーストラリアに次いで第4位である。2011年の最高裁の報告書によると、インドは毎年、約2億8100万トンの鉄鉱石を生産している。

カルナタカ州はインドの鉄鉱石推定埋蔵量252億トンのうち90億トンを埋蔵しており、同国の輸出産業で重要な役割を果たしている。

ベラリー県だけでも推定10億トンの埋蔵量がある。2006年4月から2010年7月の間に、228の未認可業者が2920万トンの鉄鉱石を採掘し、カルナタカ州に約1600万ドルの損害を与えた。

250万人の人口が主に農漁業や牧畜によって生計を立てているベラリー県では、鉄鉱石の違法採鉱によって環境被害を被ってきた。

鉄鉱石採鉱地帯の周辺では高濃度の鉄分、マンガン、フッ素が地下水に混入して土壌汚染を引き起こしている。これらの物質はいずれも、土地に依存して生活している農民にとっては大敵である。

調査によれば、鉄鉱石の採掘ブームによって6万8234ヘクタールの森林のうち9.93%が失われ、鉄鉱石の採掘・発破・分類作業の中で出てくる粉塵のために、粒子状物質が厚く堆積して周辺地帯の植物を覆い、光合成を阻害しているという。

最高裁は2011年、(違法採掘活動が)環境・経済・社会に及ぼす影響に関する詳細な報告書の提出を受けて、すべての未登録採掘活動を停止するよう命令を出した。しかし、富裕な実業家たちは法を無視しつづけている。

それでもなお、公的な禁止が出たことで取り締まりが容易になった面はある。今日、違法な採掘活動とヒンドゥー寺院公認の性的人権侵害という2つの崩壊しつつある仕組みの灰燼の中から、インドで最も貧しい女性たちが持続可能な未来に向けた道筋を示しつつある。

奴隷状態から自立へ

彼女たちがまず最優先で取り組むべきことは、自身と子どもたちを教育すること、別の生計手段を確保すること、そして基本的な公衆衛生の問題に対処することだ。現在、ベラリー県では、90人あたり1つのトイレしかない

南インドのダリット社会における識字率は、ある地域では僅か10%にとどまっているが、マディガの女性達はこの流れを変えていこうと大変な努力をしている。「サキ・トラスト」の支援によって、2011年までに、学校教育を受ける機会のなかった600人のダリットの少女が入学することができた。

今日、ダナプラ村出身のラクシュミ・デビ・ハリジャナさんが大学で教鞭をとる初めてのマディガ女性となった。また、同村出身の25人の女性が大学の学位を取得している。

彼女たちにとって、このような変化はまさに画期的なものだった。

知的なキャリアを歩んでいくことを選んだ者もいれば、縫い物や畜産のような素朴な技術にあらためて目を向ける者もいる。

何年にもわたって違法鉱山で働かされていた元寺院奴隷のバギャ・アンマさん(上の写真の女性)は今日、100ドルで購入したヤギを2頭飼っている。

アンマさんはIPSの取材に対して、「子羊を解体し、家族や近所の人や、貧しい人たちとそれを共有する祭り「イード・アル=アドハー(=犠牲祭)」の期間中に、ヤギを一頭につき190ドルで売るつもりです。」と語った。

それはわずかな利益かもしれないが、彼女にとって自分の基本的なニーズを満たすには十分だという。

政府は、違法採掘の被害を補償するための生活再建プログラムのために約300億ルピー(約4億7500万ドル)をベラリー県の女性に提供すると約束したが、実際の財政は火の車だ。

当局からの支援をただ待ち続けていても埒があかないと考えたダリットの女性たちは、女性と子どもたちが性的に被害に遭わないように、コミュニティー内で出資しあい、各家庭が持ち回りで小さなトイレ(建設費用は1万5000ルピー〈約230ドル〉)を作っていく計画を進めている。

マンジュラさんは、「私たちは経済的に持続可能な小さなモデルを作りたいと考えています。相手が個人であれ、たとえ政府であっても、私たちは誰にも依存したくないのです。」と語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan

 

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