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|イスラエル|向こう側の小さな戦争の物語

Natanel hiding from a rocket attack. Credit: Pierre Klochendler/IPS.【アシュドッド(南イスラエル)IPS=ピエール・クロシェンドラー】

 

空爆任務を負って、イスラエル空軍のF-16がガザに向かって飛んでゆく。ここイスラエル南部の港湾都市アシュドッドの街頭では、戦闘機の轟音は悲しげな警報にかき消されている。わずか数秒後、うなりをあげて発射されたイスラエルの迎撃ミサイル「アイアンドーム」が、ガザ地区から撃ち込まれたGRADロケットを迎撃した。

「子どもにとってここは安全な場所ではありません。でも私たちにはここ以外に住めるところがありませんから、日中は街を離れて、夜に帰ってくることにしています。」と、エリシェヴァ・ピントーさんはIPSの取材に対して語った。ピントーさんは、娘のチャバさん(13歳)と息子のアリエくん(11歳)を連れ、アシュドッド中央駅のシェルターで、エルサレム行きのバスを待っているところだった。

 
学校は4日間連続で閉鎖されており、校庭には誰もいない。

17日にはこの人口20万人の産業都市の中心部、インディペンデンス通り93番地の大型アパートが、ガザ地区から飛来するロケット弾の直撃を受けた。犠牲者はなかった。

その後現場には、税務署の資産鑑定士が被害状況の調査に訪れた。ロケット弾は、アパートの4階部分の住宅を破壊していた。大きな穴が空いたバルコニー、爆弾の金属片が居間の壁一面に突き刺さっている惨状から、ロケット弾の弾道を推測することができた。

また、無数のガラスの欠片が金属の破片と混じり合って床に散乱している。さらにロケット弾が爆発した際、無数の破片が周囲に飛び散り、道端に停められていた車のボンネットも撃ち抜かれていた。

また被災現場ではロケット弾攻撃がなされた際に止まったままの生活の跡があちこちに見受けられた。食卓の上では、夫婦と2人の娘が写った家族写真がロケット弾の衝撃で飛ばされ、食べかけのご飯、レンズ豆、チキンが載った皿の上に倒されていた。

部屋の主であるエリカシヴィリさん一家は、自宅から約30キロ北方のテルアビブ郊外の街ラマト・ガンのホテルに避難している。しばらくすると被災アパートの貸主が、テルアビブもロケット弾攻撃の標的となったとのラジオの報道内容を、資産鑑定士に伝えていた。

すると再び警報が鳴り、私たちは急いで防空シェルターとなっている建物の階段まで走って逃げた。住民の中には個人の防空壕を使うことを好む者もいる。最近の建物の場合、各アパートには防護室を設置することが法で定められている。

4階から2階に下ると、アムサレグ一家(祖母のアネッテさん、母親のドゥボラさんと2人の幼児、ナタネルくんとイレイくん)が薄暗い電灯の下で肩を寄せ合っていた。「これは、人間としてあるべき生活ではないわ。」とアネッテさんは語った。

まもなく警報が解除になり、アムサレグ一家は3部屋からなる自宅に戻っていった。

一日何も食べておらずお腹を空かせていたナタネルくんは、早速食卓につき自分でクリームチーズをトーストに塗った。「ロケット弾のせいで気分が悪く、ずっと吐き気がしていたんだ。」と言うナタネルくんに、母のドゥボラさんは「ナタネル、大丈夫よ。」と、ナタネルくんの髪を撫ぜながら慰めた。

するとまた警報が鳴り響いた。ナタネルくんは慌ててトーストを食べるのをやめて、弟、母親、祖父母とともに急いで階段に戻っていった。30秒後、シェルターの階段にたどり着いた一家は、遠方に爆発音を聞いた。爆発で空気が震えている。

11月20日は国連が制定した「世界子どもの日」である。基文国連事務総長は、停戦努力を支援するため、現在エルサレムとウエストバンクのラマラを訪問している。国連のオフィシャルサイトには、「世界の子供たちの友愛と相互理解を記念するこの日は、祝福であり、希望である。」とのメッセージが掲げられている。

パレスチナ保健省の発表によれば、11月14日にイスラエル軍が「防御の柱」作戦をガザ地区のハマスに対して発動して以来、少なくとも1400箇所以上に爆撃と砲撃が加えられ、24人のパレスチナの子どもが殺害され、200人以上の子どもが負傷している。逆に、パレスチナ側からは約2000発のロケット弾が発射され、イスラエル人の子ども一人が負傷している。

ガザ地区から23キロのところにあるここアシュドッドも、ガザのパレスチナ民兵によるロケット弾攻撃に晒されており、イスラエル人家族らは、一日当たり平均10発程度のロケット弾による被害を恐れながら生活を営んでいる。

アシュドッドの誰も、イスラエルの子どもがガザ地区のパレスチナ人の子どもと同じような苦境に立たされているなどと考えてはいない。しかし、人々は恐怖と痛みから、他人の痛みと恐怖を忘れ、自己中心的になる傾向にある。

今日はナタネルくんの9歳の誕生日だ。ナタネルくんは、警報が鳴ると、シェルターとなっている階段の方を振り向き、ものも言わず懇願するような様子で、恐怖に打ち震えている。「これがみんな済んだら、誕生日のお祝いしようね。いい?ナタネル。」とドゥヴォラさんは、優しく声をかけて息子を慰めた。

ドゥボラさんは、「誕生日のお祝いは何にしようかね?」と尋ねたところ、ナタネルくんは、「イスラエルがパレスチナ人を全員殺せばいいんだ。みんな残らず。子どももね。」と平然と言ってのけた。

するとドゥボラさんは、「そんな恐ろしいことを言ってはいけません」とナタネルくんを叱った。「ユダヤ人もアラブ人もみんな人間なの。私たちみたいに、どうしようもない状態にあるのよ。私たちみたいに、あの人たち(=パレスチナ人)だってこんなことを望んでいるわけじゃないの。戦争は、一部の若い容赦ない人々によって行われているのよ。」

母親の忠告に耳を傾けていたナタネルちゃんは、小さく頷いた。しかし、ナタネルちゃんは母親とは異なり、「反対側(=パレスチナ人側)」の事情や境遇については殆ど想いを巡らせてはいないようだった。

再び警報が解除されて静寂が戻ると、一家はテレビをつけて地元で起こっていること(イスラエル軍によるガザ地区に対する激しい攻撃、街の郊外の丘の上に設置した『アイロンドーム』でロケット弾の迎撃状況等)を報道しているニュース番組に見入った。

そんな状況ので、ナタネルくんは退屈して「学校に行って遊べたらいいな。友達が懐かしい。」と語った。

すると再びパレスチナ側からのロケット攻撃が始まった。この1時間で3回目だ。そしてまたイスラエル軍による迎撃。海の方に目を向けると、白い煙が、雲一つない空にたなびいている。

10分後、生と死の世界に、日常が舞い戻ってきた。ナタネルくんはふたたび食卓に着き、バターを塗ったトーストを頬張る。「それで、誕生日はいつやろうかね?」ココアを準備しながらドゥヴォラさんが尋ねと、ナタネルくんは、「1か月後ぐらいかな。戦争が終わったらね。」と呟いた。(原文へ

翻訳=IPS Japan

 

 

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