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INPS JAPAN   IDN-InDepthNews - UN INSIDER

|子ども兵士問題|自由になっても再び悪夢に追いやられる少女たち(グレース・アカロ)

Grace Akallo. Credit: UN Photo/Eskinder Debebe【国連IPS=イサベラ・デ・グレーブ】

 

「神の抵抗軍(LRA)に他の139人の少女達とともに連れ去られた当時、私はまだ学生でした。7か月間、反乱軍に捕らわれていましたが、なんとか生き抜き、逃げ出して家に帰ってきたのです。」と、グレース・アカロさんは語った。

12
年前、アカロさんはまだ子どもだったが、残忍さで悪名高いジョセフ・コニー率いるLRAに捕らわれたことで、彼女の人生は思わぬ方向に進んだ。


今日、アカロさんは結婚して子供が一人いる。また大学院修士課程も卒業し、ある使命感を持って残りの人生を生きる決意をしている-それは、彼女自身のように子ども兵士にされた少女達の「声なき声」を世の中に伝えていくことである。

 
神の抵抗軍(LRA
は1980年代にウガンダで結成され、今日ではコンゴ民主共和国に活動の拠点を移して活動している武装組織であるが、最近発表されたある国連の報告書によると、LRAは引き続き、子どもに対して最も深刻な暴力行為を行っている組織の一つ、とされている。

アカロさんはIPSの取材に対して、「連行されてきた少女たちに対する初期の扱いは、少年兵に対するものと同じです。つなわち、(抵抗の意志を削ぐために)殴られ、苛められるのです。そして、子ども兵士となる訓練が始まると、AK-47(1947年式カラシニコフ自動小銃)を渡され、殺人を強要されます。」と当時の経験を振り返って語った。

「子ども兵士の大半は、監視役の指揮官を背後に最前線に投入されます。戦闘中に銃弾が無くなったらどうするかですって?他の子ども兵士を殺して弾を奪うのが常でした。同時に、指揮官たちは、子ども達が撃たれても自らは生き残れるように、子ども兵士を『人間の盾』として利用していました。」

「少女達にとって少年兵と異なっていたのは、性的虐待に耐えることを強制された点です。私を含むほとんどの少女達が性的虐待を受けましたが、私の場合、幸いなことに子供が生まれたり、HIV他の性感染症に罹ることなく逃げ出すことができました。」

「しかし少女達の多くは反乱軍に捕らわれている間に出産せざるを得ませんでした。中には、生んだ我が子を背負わされて戦闘に参加させられた少女や、戦場で出産した少女もいました。」とアカロさんは当時の生々しい記憶を語った。

しかし、こうした子ども兵士にされた少女達が置かれている悲惨な実態については、ほとんど知られていない。反乱軍の司令官たちが、女性兵士たちを「妻」「姉妹」と言及していることが、こうした実態を覆い隠している一因でもある。

また少女達は、男性戦闘員に即座に与えられる「褒美」として扱われている。LRAを率いるコニー司令官の場合、ある時期、50人もの少女を「身内」にしていたことが報じられている。

「特定の司令官に与えられた少女達もいた一方で、複数の男性達にあてがわれた少女達もいました。」とアカロさんは当時を振り返って語った。

武装解除・動員解除・社会復帰

少女達は、反乱軍の中で果たす役割(キャンプ内での調理、家事労働、食料の運搬、性的サービス)ゆえに、国際法や軍縮取組みのレーダーでは捕捉できない、ほとんど見えない存在となっている。

武装解除・動員解除・社会復帰(DDR)プログラム
は、1980年代から実施されており、国連は2006年にDDRのためのガイドラインを策定している。しかし、全体的な進展状況は、思わしくなく、とりわけ少女の子ども兵士のDDRについては、成果は不透明である。

「武装解除する際、武器を引き渡すよう求めるものです。しかし少女の子ども兵士の多くは、性奴隷として利用されてきた存在で、通常武器を携行していないのです。この観点から言えば、DDRは成功しているとは言えません。」と、紛争地で女性・少女支援活動を行っているエング・アジャ・エゼ財団(Eng Aja Eze Foundation)の創立者ウゴジ・アダンマ氏は語った。

ペース・ロースクール
のマシュー・ブロートマン非常勤教授は、6月4日に開催された「国際刑事裁判所と、女性の子ども兵士問題が取り扱われる頻度」と題した会議の中で、「国際法は、女性の子ども問題を著しく除外してしまっています。」と語った。

ジェンダーに関する明確な定義を法律文書や政策ガイドラインに設けれていないことから、「私たちは的外れなことをしていると言わざるを得ないのです。つまり、ジェンダー問題を無視して、全ての犠牲者を同様に扱うことはできないのです。」とブロートマン教授はIPSの取材に対して語った。

子どもを兵士として徴集若しくは編入又は敵対行為のための使用する行為は、今年3月に国際刑事裁判所で開かれた、コンゴの軍閥トマ・ルバンガ・ディーロを裁いた公判において、史上初めて戦争犯罪と認定された。

しかし、ルバンガの武装集団「コンゴ愛国同盟(UPC)」の司令官たちにかけられていた暴行容疑については、無罪とされたことから、国際法が持つ不公平さについて、根本的な問題提起がなされている。

「女性のこども兵士の問題については、取り上げられませんでした。しかし、検察官はどうして性的暴力に関する証言者たちが提出した証拠を取り上げなかったのでしょうか?そこが大変懸念されるところです。」とアダンマ氏は語った。

コミュニティーとの和解

女性の元子ども兵士の社会復帰は、彼女たちにとっても彼女達を保護しようと努める人々(草の根NGO、政府、国際社会)にとって、最も困難な局面の一つである。

緊急事態に対する寄付は比較的集まりやすい傾向にあるが、社会復帰プロセスは、緊急支援と開発援助の間の曖昧な中間領域とみなされることが少なくないため、関連予算は常に不足している。

「シエラ・レオーネでは、元子ども兵士の少女達が通える学校を開設しようと、リハビリ病院で教育プログラムを実施しました。当時私が使っていたメッセージは、銃でなくペンを運ぼうというものでした。」と、ユニセフのリマ・サラ元事務次長は語った。元戦闘員の社会復帰は複雑な問題で一筋縄ではいかないのが現実である。

「少年、少女のいずれのケースでも、社会は元子ども兵士を本当の意味でなかなか受入れようとはしません。ましてや、望まない子どもがいた場合、元兵士の少女達の社会復帰はさらに困難なものとなります。」とアカロさんは語った。

「元兵士の少年たちは、すんなり学校に復学し、技術訓練を受けることが可能です。しかし、少女達が同じようにしようとすれば、まず子供のことを考えざるを得ません。もし子供を預けられなければ、家に留まっているしか選択肢はないのです。」

「また、少年たちは兵士であった過去を忘れることができますが、少女達の場合、子どもの存在が、常に過去の悪夢を思い起こさせ、心の傷を抱え続けることになるのです。」とアカロさんは語った。

「私自身も、この点について、大変つらい思いをしました。職場で一緒に働く女性たちでさえ、私のことを『コニーの妻』とか『コニーの売春婦』等と呼んで、私のことを侮辱したものです。」

「このようなコミュニティーの実態がありますから、元兵士の少女達本人はもとより、彼女達を支援する人々もこうした偏見に対して強い心を持って対処していく覚悟が必要です。」

最近アカロさんは、ウガンダ北部に「女性と子どもの権利のためのアフリカ人連合(United Africans For Women and Children Rights)」という、元兵士の子ども達のコミュニティー復帰を支援するNGOを設立した。

「私たちの活動は、主に元兵士の子ども達の社会復帰と更生に焦点をあてたものです。」とアカロさんは語った。

このNGOは現在、地域コミュニティーとの和解に焦点をあてたコミュニティーヘルスセンターとカウンセリングセンターの建設を進めている。

「元兵士の少女達をコミュニティーに社会復帰させることは極めて重要です。もしそれができなければ、彼女たちは何の保護もない環境にほうりだされて、自力でやりくりすることを余儀なくされるのですから。」とアカロさんは語った。

元兵士の少女達は、薄汚れた女だ、エイズ感染者だとレッテルを貼られ、また、(父親を知らない)戦争孤児の母だとして仲間外れにされます。こうした境遇にある少女達に開かれている機会は、社会の中で極めて限られているのが現状である。

「こうした現実から、多くの少女達は、生きていくためにやむなく売春婦になる傾向にあります。彼女たちは子ども兵士という境遇からやっと解放され、自由を取り戻しましたが、その自由もこうして再び手放さざるを得ない境遇に追い込まれているのです。」(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

 

 

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