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INPS JAPAN   IDN-InDepthNews - UN INSIDER

|御木本真珠島|世界初の真珠養殖に成功した島

Photo in front of the statute of late Kokichi Mikimoto, the founder of Mikimoto Pearl Island. (Left to right): Katsuhiro Asagiri, Noburu Shibahara, Motoko Asano, Takako Doi, Ramesh Jaura, Shigero Oka./ INPS Japan【東京IDN=ラメシュ・ジャウラ、浅霧勝浩】

「『世界中の女性を真珠で美しく飾りたい。』これは1954年に96歳で他界した御木本幸吉が終生望んだ夢でした。」と、株式会社御木本真珠島の柴原昇取締役は、同社が経営する「ミキモト真珠島」の島名の由来でもある創業者の銅像の前で、私たちに説明してくれた。

柴原氏はさらに、「御木本幸吉は、その夢を実現するには、尾崎行雄が目指した民主主義の理念に基づく平和と信頼関係が諸外国との間になければならないことを理解していました。」と語った。

Ozaki Gakudo/ Ozaki Yukio Memorial Foundation三重県旧宇治山田市(現伊勢市)選出で、雅号「咢堂(がくどう)」でも知られる尾崎行雄は、衆議院議員を63年務め(1890年~1953年)、「憲政の神様」「日本の立憲民主主義の父」として今なお尊敬を集めている。一方、御木本幸吉は、尾崎行雄の最大の理解者の一人であり、両者は奇しくも同じ1858年に生まれ、1953年に他界している。

私は、いえ私たち社員は、二人の意志を引き継ぎ、関係機関・団体のみなさまと連携協力し、これからも民間外交の一端を担っていきます。」と柴原氏は語った。

尾崎行雄とも縁が深い日米親善の伝統的行事であるワシントン「桜まつり」では、1957年以来、新たに選出される「全米さくらの女王」の頭上に、ミキモトが寄贈した「真珠の王冠」が載せられている。ミキモトはまた、「全米さくらの女王」一行が親善使節団として来日(内閣総理大臣や国会議長等を表敬訪問)する際には、三重県鳥羽市(名古屋から南西150キロ)にあるミキモト真珠島でも一行を歓迎し、女王に真珠を贈呈している。

全米さくらの女王一行の三重県訪問については、2010年以来伊勢市の委託で「尾崎咢堂記念館」を運営管理しているNPO法人咢堂香風(2006年設立)が、受入・日程調整等全般を担当している。

記者らも、G7伊勢志摩サミット取材のため三重県を訪問した際に、咢堂香風の土井孝子理事長の案内でミキモト真珠島を訪問した。ここは御木本幸吉が1893年に世界で初めて真珠の養殖に成功したゆかりの島であり、現在はパールブリッジで本土とつながっている。伊勢湾の美しい景観に囲まれた緑豊かな島内には、株式会社御木本真珠島が運営する、真珠博物館(養殖過程等の展示・真珠宝飾品・美術工芸品の展示)、御木本幸吉記念館、パールプラザ(真珠製品などミキモトブランド商品・オリジナル商品等の販売、レストラン)、海女スタンド(海女によるアコヤ貝の採取実演を見学)などの建物があり、ゆったりと真珠の魅力に浸ることができる。

Mikimoto Pearl Islandミキモト真珠島はまた、G7伊勢志摩サミットにおける配偶者プログラムの訪問地に選ばれ、5月26日午後には、カナダのドルトー夫人、ドイツのザウアー夫君、トゥスク欧州理事会議長夫人、安倍昭恵総理夫人が同島を訪問した。

その2日後、記者らは柴原氏の案内で、海底に潜ってアコヤ貝を採取する海女の実演を見学した。ミキモト真珠島では、真珠養殖を支えた海女の活躍を記念するために、年間を通じて海女の実演を行っている。昔ながらの白い磯着の海女がみられるのは今ではここミキモト真珠島だけになったと言われている。

御木本幸吉記念館は、幸吉の郷土との深い関わりと、波瀾に富んだ生涯と業績をテーマに、生家「阿波幸」の復元、鳥羽に残る幸吉の足跡、当時(明治時代)の鳥羽の様子が一目でわかるジオラマなど、数多くの写真や実物、説明パネルを時代順に展示している。ここに展示されている幸吉愛用の日常品やコレクションなど、遺品の数々は、幸吉独特の人生哲学や暮らしぶりを伝えている。

Kokichi Mikimoto/ Mikimoto Pearl Island御木本幸吉は1958年に鳥羽市で代々うどんの製造・販売を営む「阿波幸」の長男として生まれた。郷里の志摩地域で採れる真珠の美しさと価値を理解していた幸吉は、当初しばらくあこや貝の増殖に取り組んだ後、前人未到の真珠の養殖実験に取り掛かった。そして1893年には、ついに真珠の養殖に成功(5粒の半円真珠の誕生)、1908年には真円真珠養殖法の特許を取得している。(映像資料

柴原氏は、ミキモトが1926年のフィラデルフィア万博に出品した「法隆寺五重塔」の縮尺模型(12,760個の真珠を使用)等、真珠博物館に展示されているいくつかの精巧な作品を見せてくれた。

パールクラウン1世」は、1987年の『養殖真珠誕生85周年』を記念して制作された作品で、デザインは、1911年の英国王ジョージ5世とメアリー王妃の戴冠式のために作成された「メアリー王妃の王冠」をモデルにしており、18金地金700グラムに872個のミキモト養殖真珠と188個のダイヤモンドが鏤められている。

パールクラウン2世」は、中世ビザンチン様式の王冠をモデルに制作された作品で、王冠のトップに16ミリの真珠をあしらい、18金地金950グラムに796個のミキモト養殖真珠と17個のダイヤモンドが鏤められている。また王冠上部のベルベット地の表面にピンクの真珠をあしらっている他、真珠の一部は固定されずペンダント状に付けられているため、動くと漣のように揺れる構造となっている。

アメリカ独立の象徴でもある「自由の鐘」(真珠12,250個、ダイヤモンド366個を使用)も、真珠博物館に展示されている代表的な作品である。有名な鐘の「ひび割れ部分」も、実物と同じような青真珠で表現されている。「ミキモトがこの作品を、1939年(昭和14年)にニューヨーク万国博覧会に出品した際には、『百万ドルの鐘』として大評判になりました。」と柴原氏は語った。

Kokichi Mikimoto/ Mikimoto Pearl Islandそして「真珠の地球儀」。幸吉は、事務所の部屋に大きな地球儀を置いて、客が来るとそれをくるくる回して『わしは毎日世界を飛び回っているのだ』と言ったといわれている。つまり、「地球儀」は、広い視野で世界を見据えて真珠の事業を進めてきた幸吉の精神を象徴するものだった。

柴原氏は、「この『地球儀』は、人類の地球環境への関心を高めるために、1990年(平成2年)に制作された、ミキモトの職人芸の粋を凝らした作品例です。このユニークなデザインと宝飾を施した地球儀は、それまでに作られたどの地球儀にも似ていません。」と、解説してくれた。

この「地球儀」は、一見すると不安定に感じるが、回転する姿は角度によって様々な表情を見せる。地球本体を支える軸はブロンズ製黒紫仕上げの円柱で、地軸に合わせた傾斜角が付けられている。円柱には黄道十二宮の各星座が真珠と金の高肉象嵌技法(地板面より金線を高く出す技法)で表されており、これにより、真珠の球形と相まって立体的な効果を出している。また、台座はブロンズ鋳造による直径70cmの12角形で、それぞれの面には日本の季節を代表する草花を銅版に彫金し、美しい金銷技法で仕上げた花卉文薄肉彫が取りつけられている。

The Pearl Globe/ Mikimoto Pearl Islandまた御木本幸吉記念館では、米国の著名な発明家で事業家のトーマス・エジソンが御木本幸吉に宛てた手紙を見かけた。これはエジソンと幸吉が、ニュージャージー州ウエスト・オレンジにあるエジソンの研究所を一緒に訪れたあとに書かれたものだ。

Thomas Edison/ Public Domainエジソンは、「親愛なる幸吉」としたためたこの手紙の中で、「真珠の養殖という、生物学的に不可能とされていたことを可能にしたあなたの業績は、世界の不思議の一つですね。」と述べている。これに対して幸吉は、「あなたが世界の発明家たちの仰ぐ月ならば、私は小さな星の一つに過ぎません。」と返答している。

真珠は、数千に及ぶカルシウムの結晶と真珠層タンパク(コンキオリン)が交互に重なった層状をなしており、その価値は、大きさ、形、色、光沢、キズによって決められる。中でも最も重要な要素は真珠層の厚さである。またネックレスやマルチパールブローチでは、全体の調和・バランスも重要な要素となる。

パールプラザには、1階にミキモト製の豊富な真珠製品・オリジナル製品を取り揃えた「パールショップ」、2階には鳥羽湾の絶景を眺めながら食事が楽しめる「レストラン」がある。

SDGs Goals No. 14「世界中の女性を真珠で美しく飾りたい。」という御木本幸吉の夢は実現された。ミキモトの店舗は、日本国内はもとより、パリ、ニューヨーク、シカゴ、ボストン、ロサンゼルス、サンフランシスコ、上海、シンガポール、ムンバイ他にも出店をはたし、世界の一流宝石店として高い評価を得ている。柴原取締役は、新たな顧客と市場を求めて世界に熱い視線を注いでいる。

またミキモトでは、企業の社会的責任(環境CSR)を念頭に、自然環境の保全と永続的な養殖事業のために、排出物ゼロ(=真珠の養殖過程での排出物を全て活用すること)を目指した、ゼロ・エミッション型の真珠養殖を推進している。具体的には、真珠を採収した後の貝肉や貝殻からコラーゲンや真珠層タンパク(コンキオリン)、パールミネラルなどの有用成分を抽出して化粧品や健康食品の原料として利用している。さらに、貝殻を装飾品や土壌改良剤として、また貝肉残渣物や養殖中の貝殻の付着生物を堆肥(コンポスト)として活用している。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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