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|インド|ダリットの声なき声を主流メディアに持ち込む闘い

Jeya Rani. Courtesy: Neha Dixit【チェンナイIDN=ジェヤ・ラニ】

どこであれ読者がこの記事を読んでいる間に、インドのどこかで、誰かが殺され、あるいは強姦され、辱められ、権利を侵害されている。しかもそれは、その人物が「ダリット」と呼ばれる下層カーストの出身というだけの理由でそのような目に遭っているのである。

全国犯罪記録局の「代わり映えのしない」統計によると、インドでは2時間ごとに1人のダリットが暴行を受けている。また少なくとも、24時間ごとに、3人のダリット女性が強姦され、2人のダリットが殺害され、2軒のダリットの家屋が放火されている。

インド各地で横行しているダリットに対する蛮行を取り扱った報道に関しては、速報で伝えられることもなければ、高い視聴率を獲得することもない。しかし、しばしば「世界最大の民主主義国」と称されるこの国(=インド)において、なぜこうした問題が取り上げられることがないのだろうか?

暴力がポルノビデオよりもセンセーションを引き起こすこの時代にあっては、ダリットに対する暴力を伝える唯一の有益な手段は、コマーシャリズムの活用だろう。インドの60万の村落が、支配的なカーストの住むウール(oors)とダリットの住むチェリ(cheris)に隔離されているかぎり、そして、支配的なカーストだけがものを書き、カープ・パンチャーヤト(全員男性からなる無選挙の村の長老会)を通じてダリットに対して慣習法を強制しているかぎり、本来ならば、ダリットに対する暴力に関連したニュースには事欠くことがないだろう。

Illustrated Proverb: Blind men and the Elephant/ Pawyi Lee - Phra That Phanom chedi, Amphoe That Phanom, Nakhon Phanom Province, northeastern Thailand., Public Domainインドの主流メディアが現実に目覚め、今日のインドにおけるカースト支配がいかに醜悪なものかを真に理解することを願う。インド各地でカーストに起因するどのような蛮行が実際に起きているのか、私たちはその全貌を知る由もない。今日のインド社会が、カーストに起因する蛮行の実態に対して無知なさまは、まさにあたかも、「群盲象をなでる(盲人らが象を撫でて感想を言い合っている様子=真実の全貌や多様性が理解されない様子を比喩したもの)」がごとしである。

数千にのぼる紙媒体のメディアと数百のテレビメディアは、今後も読者や視聴者に常に新しいものを提供し続けていくだろう。しかし、ダリットに対する蛮行の実態を、メディアはいかにして認識するのだろうか? メディア各社は、1日に、1週間に、ひと月に、或いは1年間に、ダリットに対する暴力にどれだけのスペースを割くのだろうか?

ダリットに対する犯罪は、毎年10~20%の割合で増えている。公正な社会なら、ダリットに対する暴力を取り扱うメディアのスペースも、これと比例して伸びていなくてはならないはずだ。しかし、実際はどうか? 私たちはそうはなっていないことを知っている。では、なぜそうなのかを考えてみよう。

厳格なカースト秩序がある社会のように、メディアやジャーナリストもまた、カースト秩序の上で活動しているのだ。つまり、民主主義の4本目の柱が、本来は正義の灯を高く掲げるべきにもかかわらず、カースト秩序の圧力に負けて崩れてしまっている。

主流メディアは、貧困層のため、抑圧された者のためには存在していない。権力や官僚制、支配への忠誠から業界を作り上げてきた。紙媒体やテレビを含む主流メディアのオーナーの95%以上が、支配的なカーストの出身だ。最上位の地位にある者の約7、8割は支配的なカーストの男性によって占められている。ダリットは、この国のメディアの決定権に関して言えば、その1%も占めていない。

The Three Wise Monkeys carved on a stable housing sacred horses at Tōshōgū shrine, Nikkō, Japan 英語メディアは、時々ではあるが、カーストの蛮行に関する報道も行ってきた。しかし、ダリットに対する暴力にほんのわずかでも関連するような報道は、地元言語のメディアでは完全に排除されている。ダリットのジャーナリストは、最終的には、家族や社会など様々な要因からこうした地元言語のメディアに行きつくことになる。

ほとんどのダリット出身のジャーナリストは、第一世代の輩出者だ。彼らは「望ましい肌色(=支配カーストに多い、色素が比較的薄い皮膚の色)」を持たず、英語もうまく使えない。地元メディアは彼らを採用しても、その扱いの実態はひどいものである。これは私自身の経験からも言えることだが、彼らは昇進や昇給に関しても、他の(支配)カースト出身のジャーナリストらとは同等とみなされず、差別的な扱いを受けている。

私が働いたメディアグループでは、10年勤務したのちでもわずか1万8000ルピーしか支払われなかった。私はデイリー番組の放送作家を務め、昼夜を分かたず働き、仕事で尊敬を集めてもきた。しかし、昇給の時期になると、わずか100ルピーの昇給さえなかった。ある後輩は、仕事量も少ないのに、他のカースト出身だということでより高い昇給を得ていた。彼女の給与は4万ルピーだった。これが、ダリットが主流メディアで直面する現実である。ダリット出身のジャーナリストには、メディアが提供する限られた空間に合わせて身を縮めて働き続けるか、仕事を完全に辞めてしまうかの選択肢しかないのである。

私がジャーナリズム専攻の大学生だった頃、マンジョライ茶農園におけるダリット労働者の抗議運動と、17人の死につながった、警察当局による暴力について、記事を書いたことがある。

これが大学発行の雑誌に掲載されたために、私は停学処分を食らいかけた。これが私にとって初めての記事であり、この経験から、カーストに関連した残虐行為についてもっと書きたいという情熱にかき立てられるようになった。しかし、仕事の口を求めて主流メディアに移ると、私は大きなショックを受けた。意気阻喪させることが2つあった。一つは、地元出身のジャーナリストは、社会・政治ネタを扱う記者としては「好ましからざる人物」とみられていた現実である。そしてもう一つは、大量殺人でもないかぎり、ダリットに対する暴力に関して、主流メディアの目は決して向けられない、という現実であった。取材についてアイディアを出しても採用されることはなく、私はまるで「反抗者」とでも見られているかのようだった。

仕事を始めて間もなく、ものの数か月もしないうちに、私は女性雑誌の記者職に回された。私は、パンチャーヤトの女性代表についての連載を提案した。女性雑誌にはそぐわないとして何度も提案は却下されたが、私は諦めなかった。ようやく提案が受け入れられたとき、私は、面談が可能そうな5人のリーダーのリストを作成し、第一弾として、メナカという名の女性代表とのインタビューを設定した。彼女は当時、カンチプラム地区のオーラパッカム・パンチャーヤトの代表だった。当時私は、彼女がダリット出身者だとは想像もしていなかった。

私は、彼女が女性として直面する困難について語ってもらおうと考えていた。しかし、メナカが語ってくれたのは、ダリットとして直面していた困難についてであった。彼女は、支配的なカーストの人々が、パンチャーヤトの代表として彼女が座るはずの椅子に絶対に座らせてくれないと語っていた。殺人の強迫も受けたという。支配カーストの人々は、彼女を辞めさせたがっていた。そこで彼女は警察に告発したが、警察は動かなかった。

私は彼女の取材に1日を過ごし、翌日に出社して記事をまとめた。しかしこの原稿もボツにされた。記事は明らかに、その女性雑誌には不向きだった。編集長は代わりに「料理のレシピを書け」と要求してきた。

International newspaper by Stefano Corso, Wikimedia Commmonsその夕方のことは、今でもはっきり覚えている。強い心理的なプレッシャーの中、私は、もしレシピだけを書けと言われるような職場を辞めたらどうなるか、と考えながら道を歩いていた。その時、夕刊の広告欄が目にとまった。そこには、あるパンチャーヤトの代表が殺害されたと書かれていた。その新聞を買いながら私の手は震えた。最悪の恐れが実際のものになったのだ。メナカは、パンチャーヤト事務所の代表席に座ったために殺害されたのだった。

私は、この新聞を編集者に突き付けて、抗議した。しかし彼女は表情一つ変えず、早くレシピの記事を済ませろ、と命じてきた。

私はその夜、上司の許可をとらずにオーラパッカムに向かい、メナカの葬式に参列した。チェンナイに戻ってくると、同じグループによって発行されている調査報道を主とする雑誌の編集者を訪ねた。彼は、メナカのインタビューを掲載することに同意してくれた。結局この記事が、メナカが殺害される前の最後のインタビューとなった。皮肉にも、その記事は、彼女が殺害されたことで、ニュースとしての価値が認められたのだ。

私は、もはやこのメディアグループで働くことができないと感じた。さんざん考えたあげく、主流メディアの実態が理解できた。経済的な自立を確保し、反カーストのジャーナリズムを前進させる必要性を痛感した。しかしそれは主流メディアでは不可能だった。そして私は、オルタナティブ・メディアに活動の場を見出した。

カースト撲滅を唯一の目的に掲げる雑誌『ダリット・ムラス』が私の活動拠点になった。主流メディアでは扱えなかったカースト問題について書いた。しかし、私はこれを別のペンネームで出版した。15年に及ぶ『ダリット・ムラス』誌上での私の記事は、「ジャアティヤトラバリン・クラル」(Jaathiyatravalin Kural、「カーストなき女性の声」の意)という名前で書かれ、一定の評価も得ている。

SDGs Goal No. 16これはあくまで私の個人的な経験であり、すべてのダリットのジャーナリストが、必ずしも私のように幸運でなかったことはわかっている。編集会議で提案を拒否され続けても、私はあえて、カーストに起因する蛮行の実態について提案し続けた。このことで他人の目を気にするのはやめた。声なき人々の声になることがジャーナリストとしての私の使命だと自分に言い聞かせた。しかし、ダリット出身のジャーナリストがダリット問題について書いたり発言したりすると、同僚たちは、それは「カーストへの親愛」だとか「カーストの誇り」だとか言う。しかし、ダリットが自分のカーストにどうして誇りを感じたりできるものだろうか?

ダリットに関するニュースを、制作の現場により多く持ち込む戦略を立てねばならない。報道機関は、他の権利と並ぶ要求の一つとして、ダリットの実態を公正に取り上げなければならない。ダリットのジャーナリストに対する人権侵害を監視し、そうしたことが起こった場合に行動を起こすようにしなくてはならない。メディア業界は、ダリットのジャーナリストにもっと門戸を開く、独立した存在になってほしい。職場は、ダリット出身者にとっても尊厳と尊重を享受できる場となるべきだ。(原文へ

※ジェヤ・ラニは、タミル・ナドゥ出身で15年以上の経験を持つジャーナリスト。現在、チェンナイの主要なタミル語日刊紙『ライフスタイル』の編集者。

翻訳=INPS Japan

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